マハールと珍味が食べられる店
白亜の壁、建物、特徴的な球体型の天井、人、人、人。
どこからかエスニックな香りが漂う町マハール。
実際、行ったことは無いがアラビアンな国というイメージそのままの雰囲気であった。
幸い砂漠の真ん中にあるオアシス都市では無かったが、周りはゴツゴツした岩肌が露出する荒れ地のど真ん中にある都市だ。
南北に整備された交易路があり、北に行けばロッテンハイマー、南に行けば貿易港があるらしい。
西側にも交易路が伸びてはいるが、現在は通行止め。
なんでも途中にある古い時代の砦に、野良ゴブリンの集団が住み着いてしまったかららしい。
目下、討伐依頼が出ているそうだ。
「やはり流行りのスタイルでしたな!!」
腰ミノに前開きのジャケット姿の七味が道行く人を見て、自信を取り戻す。
ズボンかスカートを履き、ジャケットっぽい服を羽織っているだけの住民が往来を行き来していた。
親近感を覚える七味には悪いが、腰ミノジャケットは流行では無いと思う。
優しさに溢れるユーマは口には出さない紳士であった。
「お腹をあんなに出して・・・・・・恥ずかしくないんでしょうか・・・・・・」
一方、ウリウリはえっちなものでも見たかのように赤面していた。
かなり深いスリットのある法衣で、ぱんつを履いていない疑惑のある人が何をいまさら、とユーマは心の中でツッコむ。
「蒸し暑いのじゃ。服がべったり張り付くのじゃ」
前のめりになり、両手をブラブラさせたままマウスが枯れた声で嘆いていた。
そもそもスク水って肌にピッタリフィットしているものでは無いだろうか、などと野暮なことを言ってはいけないのだろう。
まずスク水がどんな着心地なのか分からないし、実際マハール市街地は蒸し暑かった。
純粋に暑いというよりムシムシしているのだ。
地理的に暑い地域というよりは、太陽の光が白亜の建物で反射、道路も白っぽい石畳で反射、そして大量にいる人で熱されているのが原因だろう。
よく言えば活気があって、日当たり抜群である。
そこに近くの漁港で水揚げされたらしい海産物が大通りの露店に並ぶ。
水蒸気が発生し、周りがムシムシするのだ。
ついでに生臭いニオイとエスニックなニオイが混ざり合い、所により鼻が曲がるような強烈なパワースポットが形成される。
常人は近寄らず、訓練され、鼻が詰まった人しか寄り付かぬ魔の領域。
そんな魔境がある一角に今回の目的地があるという話を聞き帰りたくなった。
環境がよろしくない場所は土地価格が下がるらしい。
すると変な人が多く住みだし、治安が悪化、いわゆる無法地帯の完成である。
「口で呼吸するんです。そしたら少し、少しだけマシになりますよ」
マハール到着後から口が半開きになっていたミズホが処世術を教えてくれる。
「おお! さすがじゃ!」
同じく半開きになったマウスの口角が形よく歪む。
嗅覚が良いのか、鼻呼吸して死にかけていた彼女がケラケラと嬉しそうに笑った。
「人間の町でもそれなりのクサさがあるものですな」
生臭さに対してビクともしないのは、ゴブリン闘士の七味である。
蒸し暑さも生臭さにも動じない彼は、野良ゴブリンの巣はもっと臭いというヤバい情報を教えてくれる。
そんなクサいところには、今までもこれからも縁は無いだろう。
「ゴブリンの巣、というが鳥の巣みたいなものなのか?」
完全に興味本位だ。
鳥の巣みたいな中にゴブリンが並んでいる絵面を想像し、なんか違う感に苛まれた。
洞窟とかに色んな粗大ごみが転がるような環境が、ユーマの知るゴブリンの巣だ。
大体のマンガとかノベルに出てくるのがそれだったからだ。
「不用品、実用品など何から何まで溜め込んだ空間を“巣”というのですよ。彼らは秩序がありませんからな」
巣とかいう名前からして怪しいのだが、どうやら“ゴミ屋敷”の事らしかった。
「秩序とは一体?」
ユーマの知るゴブリンという存在、とはいえナマモノは七味だけしか知らないし、あとは“創作された物語”の中だけの知識だ。
とても秩序があるとは思えない。
「ふふん、ユーマよ。我が教えてやるのじゃ!」
口が半開きになり、蒸し暑さでゾンビのようになっていたマウスの目がキラリと輝く。
「人も亜人種もそれぞれに国をつくり、王となるものがいるのじゃ! いくつものゴブリン王国があるのじゃぞ?」
「へえ」
「ちゃんとした王国は、みな、ちゃんとした家に住んでおるぞ。間違ってもゴミだめには住んでおらぬのじゃ」
「マウスちゃん物知りですねー」
偉い偉いと言いながらマウスの頭を撫でまわすウリウリはママだった。
「一つだけ誤りがありますな。ゴブリン族の王国は戦いに重きを置いておりますでな。ちゃんとした住居が与えられるのは強き者だけなのですよ」
弱者やサボりはゴミだめに住み、やがて国を捨てて奔走する。
奔走した者たちが徒党を組み、旅人を襲ったり、村々から強奪するようになり、リーダー的なヤツが現れると野良ゴブリンの集団の出来上がりだ。
家畜や農作物の強奪は朝飯前、人を攫ったり、遊び半分で近所の村に放火したり、盗んだ馬車で暴走し、怪しい宗教にのめり込んだりする。
どこの世界でも同じであった。
「こちらの地域では“ごぶりん”って言うんですね」
よく分からない会話を静観していたミズホが口を挟む。
「八雲では、悪鬼とか餓鬼とかいうのがいますけど、野良集団みたいなのしか見たことが無いですね」
恐らく八雲は、ファンタジーな日本的なものだろう。
ユーマの脳裏に和風ゴブリンもとい醜悪な見た目の小柄な鬼が浮かぶ。
猫背で腹が出っ張っていて、歯はガチャガチャ。
ひん剥いたぎょろぎょろ目玉のモンスター・・・・・・我ながらヒドイ偏見である。
ゴブリンもそんな感じだと思っていたら、筋肉ムキムキマッチョマンだったこともあるくらいだ。
偏見は良くないな、と一人頷く。
まったくもってどうでもいい話に花咲かせていた一行は目的地周辺の酒場に到着。
周辺、というのも件の多額の借金を負わせた連中が、根城にしている建物というわけでは無いからだ。
不定期でやってきてはたむろするというだけだった。
「バッチい店なのじゃ」
「まるでゴブリンの巣ですな」
「ドキドキしますね!」
「おいおい、おまえら・・・・・・もう少しオブラートに包んだ言い方ってのが・・・・・・」
白亜の壁面は薄黒く汚れ、ギトギトした何かがこぼれたらしい床は、雑に拭き取ったあとが目立つ上にクサいニオイが染みついている。
店の規模は大きく100人前後収納できそうではあった。
大衆食堂、の汚い版。
「汚い、クサい、安いの3拍子が揃ってるんです」
安く物が食べられるから正体不明の輩が大量に出入りする。
すると素行の悪い彼らによって店が荒れる。
という事らしい。
「とても不衛生だ。燃やしたい」
オブラートに包もうとか言った手前、早々に本音が漏れるユーマに蛮族の心が宿った瞬間であった。
手垢でベッタリ汚れたメニューを見ると「イノセントパスタ」やら「生魚のベビネスソース和え」だとか「クリムゾンアントのミソ」とかいう名前からしてB級を軽く超越した野蛮な食事名が入り乱れていた。
「おうえええ・・・・・・うぷッ」
「はぁはぁ・・・・・・うぷッ・・・・・・グブッ」
鼻をつまんだまま店内を見渡せば、身なりのよろしくない客が嘔吐きながら何かギトギトしたものを食べていた。
何が悲しくて粗大ごみみたいなものを食べないといけないのか。
理解が及ばぬ。