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ヘイ! タクシー

「ヘイ、タクシー!!」

「タクシーってなんですか?」

5日後、装いも新たに準備万端になった一行は、新市街の入り口で荷馬車に声を掛けまくっていた。

「タクシーっていうのは便利な運び屋の事さ!」

ユーマは適当なウソを平然とつく男だった。

「初耳です!」

キラキラした目でウソを信じ込むミズホはちょろインであった。


「ごきげんよう! こちらの馬車はマハールに寄りますか?」

爽やかな笑顔で御者さんに声を掛けていく。

「マハールには行かないね。ラグズ方面に行くのさ」

ラグズは西の方角にある帝国領の工業都市の名だ。

 今は御用は無かった。

「ありがとう。良い旅を」

笑顔で手を振り別れると、再び別の荷馬車に声を掛ける。


 すでに20台ほどに声を掛けているが、マハール方面に行く馬車に出会わない。

 予想通りと言えば予想通りではあった。


 聞く話によるとマハールの物価は、ロッテンハイマーの10倍らしいのだ。

 ロッテンハイマーで焼き飯を頼むと銀貨1枚と銅貨5枚、つまりは150円ほどだが、マハールだと1,500円相当ほどになる。

 詳しくは無いが、関税とやらが高いのだろう。


 歩くと死にそう。ならば行く方向が同じ馬車に乗せてもらえばタダなのでは?! 大作戦は座礁気味だった。

 このままでは旅が始まる前に終わってしまう。


 先日、ロッテンハイマー南部の草原をどう見ても“ママチャリ”の男女が疾走していた。

 たまたま、それを見掛けたユーマはチャリをオーダーすれば良いのでは!? と閃いた。

 だがしかし、初めてチャリに触れる面々が乗りこなせるワケも無かったのである。


 結果、屋敷の裏手に放置するに至る。


 ならば、同じ車輪が付いていて楽して旅往けるものを、と思った時に閃いたのが荷馬車だった。

 ユーマは楽するためなら努力を惜しまない気質だ。


 かくして2チームに分かれて、商人達の荷馬車に声を掛けまくっているというわけだ。

 ユーマ・ミズホチーム、ウリウリ・マウス・七味チームと分かれて回るがいい返事は、まだ、無い。

 もしや南に向かう馬車なんて存在しないのでは無いだろうか。

 ユーマは半ば諦めかけた、その時である。

「ユーマ殿! 南部行きの、馬車がありましたぞ!!」

人波を掻き分けて、小柄な緑色のボディが見え隠れする。

 七味であった。

「でかした!!」

ユーマは声を張り上げると親指と人差し指で丸を作る手首から先が見えていた。

 どうやら、こちらの世界のグッドサインのようである。


 人の波にさらわれた七味がだんだんと遠ざかってゆく。

「ユーマさん手を!」

ミズホは、ユーマの手を半ば強引に握ると謎の歩法で滑るように歩き出す。

 まるで人波の方が避けているような錯覚にとらわれつつもスルスルとすり抜けながらの移動。

 途中で、人波の揉まれる七味をピックアップしながら、見つけた馬車のもとへ直行した。


 馬車の持ち主は、屈強なおじいさんだった。

 ムキムキマッチョで健康そうな小麦色の肌に綿毛のような白い髪の毛。

 いかにも農園の人っぽいサスペンダー付きのズボンにこげ茶色のシャツという出で立ちだ。

 入道雲のような髪を撫でつけながら、ウリウリと談笑していた。

 どうやら既に交渉成立済みらしい。

「みなさん、交渉成立です! マハールに藁を売りに行かれるそうです!」

「戦車で?」

馬が曳いている車だから馬車だ。と言われれば馬車なのだろう。

「馬車、なのだろうか?」

「馬車ですよ、たぶん」

「いや、これ戦車・・・・・・」

ユーマとミズホが掛け合いをする視線の先には、藁を荷台に満載した戦車があった。

 装甲板に覆われたアレではなく、古代エジプトとかローマ帝国で使用されていたようなアレ。

 車体の後ろには連結したまごう事なき純粋な荷台がつながっている。


 戦車の後ろに馬車が曳かれる形だ。

「“元”戦車じゃな。わしの60年来の相棒じゃ」

おじいさんが車体をペシペシ叩きながらケラケラと笑う。



 交渉内容はシンプルだ。

 藁と一緒に乗せてもらう。

 その代わりに道中、おじいさんの話し相手になる。

 ただそれだけだった。


 ゴトゴトと小気味の良いリズムを刻みながら道行く。

 4頭の馬が“元”戦車を曳き、連結した荷台が続く。


 おじいさんの横にユーマが座り、既に5周目に突入した昔話を聴いていた。

 七味、マウスの2人は早々に藁のベッドでいびきを掻き始め、ウリウリはどこか遠くを見つめている。

 同じ昔話を4回聞かされた彼女の目からは生気が失われていた。


 ユーマの後ろの藁の上で正座したミズホは神妙な面持ちで・・・・・・話を全く聞いていなかった。

 特に相槌が必要ない時でも「おお」とか「ええ・・・・・・」だの「そんなのって・・・・・・」と呟いていたからだ。


 正直、同じ話題がループし始めた辺りでユーマもウンザリしていた。

 ウンザリしていたが、5人もタダで乗せて貰うのである。

 最低限、義理は果たさねばならぬ。

 ユーマの心は武士だった。


 遠い昔、おじいさんが20代の若者だったころ、地方では小規模な紛争が続いていたそうだ。

 誰が始めた争いかは分からなかったけれど、自分たちの居場所を守るため、人々は剣を手に取り戦っていた。

 農民だったおじいさんも守るために立ち上がると、戦車乗りになっていた。

 多くの仲間たちが散っていく。

 結局、戦車が活躍するような大規模な野戦は行われることなく、世界は平和になった。


「戦争ってのはいかんな。どこが勝ったとか負けたとかよりも生活がメチャクチャになる」

生き残った連中は続々と一般人に戻っていく。

 おじいさんも農民に戻ろうとしたけれど、そこには全て灰になった荒れ果てた大地しかなかった。

 戦火を逃れ、住民たちはどこかに去ったあとだった。

 手元に残ったのは、報酬代わりに渡された戦車だけ。

「家も田畑も無くなってね。こいつが家じゃった」

「えぇ・・・・・・そんなのって」

うまい具合にミズホの適当な相槌が重なる。


 そこからおじいさんは戦車で運び屋を始める。

 見た目が戦車だから賊も寄ってこない安心安全な運び屋。

 色々なものを運んだ。

 農作物や家具、人や牛も運んだ。

 ある時は花嫁を運んだし、家出した帝国の現皇女様を運んだこともあった。

「運ぶことは何かと何かをつなぐことなんだ。それは物かもしれないし、絆かもしれない」

「わしが学んだ大切な事、守るべきことは、“約束”と“許すこと”、そして“縁”じゃ。あんたがたも今結ばれた縁を、これから結ばれる縁を大切にするんじゃよ」



 燦々と照り付ける日差しの中、ゴトゴトとリズム良く馬車は往く。

 6周目に突入したおじいさんの話を聴きながら、馬車についたいくつもの傷や誰かのサインを見、思いを馳せていた。

諸事情により更新日時を金曜午前8時に移動します。

改めてよろしくお願いいたします。

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