【ハロウィンナイトメアパーティー】前編
特別編です。
現在の時系列より数か月先の話になります。
闇夜に包まれる路地の一角。
高々と掲げられた鉄塊が無慈悲に振り下ろされた。
持ち手を通して、ナマモノを叩き潰した感触が伝わる。
グシャグシャになり飛び散った赤々とした柔らかな肉塊が月夜に照らし出されていた。
惨劇の始まりであった。
鉄塊の持ち手を握る女の口元が三日月形に歪む。
「うふふ・・・・・・アハハハ!」
まるで死神か墓場から甦りしリッチを彷彿させるボロボロのローブからは、艶めかしいスラリとした足が伸びている。
力なく崩れ去った人の形をしたソレを見下ろし、恍惚とした表情を浮かべる女は、かつてシスターと呼ばれていた。
月明かりに今も美しさを保つ金髪が風に揺れる。
叩き潰した相手の臓物にまみれた女と目が合った人狼の男女が戦慄する。
「なんというおぞましい絵面・・・・・・」
背の高い男の人狼が呟く。
「ああはなりたくないのじゃ・・・・・・」
背の低い女の人狼が嘆いた。
「あら、お二人とも私、これで37体目ですよ」
返りカボチャ汁にまみれた死神もといシスターウリウリが微笑んだ。
狂気を宿した双眸が赤く燃えている気がする。
完全にサイコパスな殺人鬼だった。
「「こわい! ヤバイ!」」
人狼に扮したユーマとマウスがすくみ上る。
「うふふふ・・・・・・さあ、魂の収穫はまだまだ終わりませんよ!」
オレンジ色と黒い炎が灯ったランタンが、そこかしこにぶら下がるロッテンハイマー旧市街。
死神は狂気と恍惚に満ちた表情を浮かべる。
人間が持ち運べなさそうな鉄塊、というかハンマーを担いだ死神シスターは駆け出していた。
狂気に満ちた笑い声が追随する。
「うおぉぉぉぉーーッ!! トリックオアトリートォォォォーーッ!!」
「えあぁぁぁぁーーーッッ!! トリックオアトリートーーーーッッ!!」
夜闇に幾人もの人影が舞う。
月明りに得物が銀色に鋭い光を放ち、至るところでカボチャ頭のモンスターが粉砕されていく。
辺り一面に飛び散るカボチャ汁。
辺り一面に飛び散るカボチャ汁。
辺り一面に飛び散るカボチャ汁。
辺り一面に飛び散るカボチャ汁。
中身も一緒に飛び散る凄惨な光景。
辺り一面に飛び散るカボチャ汁。
辺り一面に飛び散るカボチャ汁。
辺り一面に飛び散るカボチャ汁。
ハロウィンという名の地獄絵図。
「オレの知っているハロウィンと違い過ぎる。なんだこの地獄絵図は」
既に何度も呟いているセリフを繰り返すユーマはドン引きしていた。
郷に入ってはなんとやら。
異世界のハロウィンも参加してみるのも一興か、なんて思っていた昨日の自分をぶん殴りたい。
「祭りとは、こうも皆を狂わせ、残酷にさせるのか・・・・・・恐ろしいのじゃ」
人狼のコスプレをしたマウスも戦慄する。
かくいうマウスも最初はウキウキしながらカボチャモンスターを拳で粉砕したのだ。
にこやかな笑顔で「トリックオアトリート♪」などと言い、撲殺。
断末魔を上げながらカボチャが生臭い香りを漂わせながらグシャグシャに飛び散った。
マウスの拳はドブとドブを掛け合わせて生まれた地獄の悪臭まみれになってしまった。
「ギニャァァァァー!!」という悲鳴上げ、そしてトラウマになったのである。
(腐ってやがる(収穫が)遅すぎたんだ)
悪臭を放つ肉球グローブを投げ捨てたマウスを見ながらユーマはドン引いた。
スピリットというか霊魂的なモンスター的なアレが現世に湧きまくる奇祭『ハロウィン』。
響きからしてヤバそうだったが、「悪い霊魂はカブかカボチャに憑依するのでアンデッドとかにケンカを売らない限りは大丈夫ですよ」などと言われて信じてしまったのが間違いであった。
腐ったドブのような腐敗臭を漂わせながら郊外を徘徊するゾンビ。
ぽっかりと空いた双眸の奥にLED電球みたいなものが瞬く、歩く骨格模型スケルトン。
老人ホームから脱走してきた激おこおじいちゃんリッチ。
普段、平和な穀倉地帯を骨馬が赤いオーラをまといながら疾走し、ユーマ宅の裏庭には人だかりもとい死者だかりが出来ている始末である。
概ね腐っているか腐っているので、とりあえず臭い。
悪霊に憑依されたカブやカボチャも発酵が進み、香ばしいを通り越してこの世の終わりみたいな悪臭がするに至る。
「鼻がひん曲がるのじゃ!」
「『トリックオアトリート』って叫んでから倒すのが習わしなんですよ」なんて言っていたシスター。
狂気を宿した瞳でカボチャモンスターをサーチアンドデストロイする狂人と化したシスターは、高笑いとともに市街のどこかに走り去ってしまった。
「これこそがハロウィン! 某たぎってきましたぞ!!」
あまりいつもと変わらない気がするが、カボチャを被って蛮刀を振りかざした緑色の変態ゴブリン七味も早々に高笑いと共にどこかに走り去ってしまった。
「な、なかなか乙な雰囲気ですね・・・・・・」
風に乗って漂うなんとも言えない匂いに顔をしかめていた巫女ミズホも1時間も経たないうちに血走った目でカボチャの大群を追いかけて行方不明になってしまった。
一体全体どうなっているのだ。
ユーマは困惑した。
祭りになるとハメを外しがちになるのは分からないでもないが、狂人になるなど理解が及ばない。
ロッテンハイマーが市を挙げて行っている「ジャック・ザ・キング~カボチャ粉砕選手権~」とかいう頭の悪そうなキャンペーンのせいだろうか。
カボチャとカブを粉砕することで、憑依した悪霊を成仏させるという呪われた行事らしい。
料理屋のおばちゃんから冒険者、職業軍人まで様々な者たちが参加する。
優勝者には豪華な賞品と「ジャック・ザ・〇〇(名前が入る)」の称号が手に入るらしい。
なんだそれは。
「いよいよ、オレ達だけになってしまった」
ユーマはオオカミグローブを外すと、やれやれと石段に腰を下ろす。
「ハロウィンとは、このような狂った祭りだったとは・・・・・・」
同じく石段に腰を下ろしたマウスが死にそうな顔をしていた。
普段なら「キャッハー!! これこそが闘いなのじゃぁぁぁー!!」とか言って駆け出してそうな幼女だが、今日は大変おとなしい。
なんでも嗅覚が鋭いらしい。
なるほど、クサくて死にそうだというワケである。
「俺の知っているハロウィンは、こう仮装して、近所の家を渡り歩いて「お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!」っていう牧歌的な感じなのだが」
少なくともスプラッタなお祭りではない。
「ほう。お菓子とな・・・・・・? ユーマよ、我はクサいやつらなど嫌じゃ! 家に帰ってお菓子いっぱいのハロウィンにしたいぞ!!」
同感である。
これといって義務でもないし、メリットの薄い本物のアンデッドと戯れる地獄などご免こうむりたい。
「ああ、そうしよう。甘いものでも食って、ひとっ風呂浴びて、だらだら過ごそう」