暁の始末屋
2日後の早朝。
まだ日の出には遠い薄闇の中、続々と不審人物が集まってくる。
ロッテンハイマー旧市街のはずれの幽霊屋敷もといユーマ達の自宅前に物音ひとつ立てずに黒ずくめの男女が集結していた。
口元を黒い布切れで覆い、ギラギラした目つきで行動開始の合図を待つ。
全体的に暗色系の装束を纏った一団は手にした得物を確認する。
予定では夜明けと同時に屋敷に突入し立ちはだかるものを殲滅する手筈だ。
何のことは無い。
彼ら始末屋に狙われたら相手が何であろうと掃除されるのだ。
「中にいるのは人間の男1、竜人の女1、ゴブリンの男1。あとは未確認だがシスターが1人だ」
表通りに面した垣根の前にしゃがみ込んだ年配の男が付き従う4人の仲間に目配せする。
「了解。商人の男の事前情報通りだな」
彼らが突入の第1陣だ。
続いて30人あまりの仲間たちが突入し、仕事を完遂する。
決して討ち漏らしはしないし逃がしもしない。
それが彼ら始末屋の誇りだ。
年配の黒ずくめは垣根から見える屋敷内を確認する。
猛禽類を思わせる鋭い眼がすばやく敷地内を観察。
ボウボウに伸び放題の雑草は腰くらいの高さで茂っている。
地面がぬかるんでいる可能性もあるが想定済みだ。
何かが設置されていることも無いだろう。
続いて建物は煤汚れてはいるが、窓枠にはガラスが嵌り、鎧戸が閉まっているところも見受けられる。
2階建てだが、恐らく現在は1階しか使っていないのだろう。
鎧戸が閉まっているところの多くは2階部分だ
建物の東側が表通り、西側は事前情報によると畑だった跡地だ。
南側は庭が広がり、高台に建っている形だ。
つまりは東西から挟み込む形を取ればスムーズに事が運ぶだろう。
ハンドサインを送ると第2陣の10人ほどが畑側に回り込む。
畑といっても長らく人の手が入っていない。
雑草が生え、土壌のコンディションも悪い。
北側も事前情報通り、切り立った岩壁があった。
岩壁の上に別の民家があるが今回の標的ではない。
徐々に東の空が白み始める。
「各隊行動開始」
年配の男が静かに号令をかけると同時に音もなく黒ずくめ達が敷地内を駆け抜ける。
第1陣が正面玄関に取り付くと重厚そうな木製のドアを引く。
カギは先日竜人の女が壊したことを確認済みだ。
抜かりはない。
ドアが少し軋みながら開くと隙間に滑り込む。
木の廊下にはホコリが積もっていた。
何人かの足跡が残っているところを見ると標的の住民たちの物だろう。
依頼人の商人のものと思われる足跡も見て取れたが、何のことは無い。
すべて事が終わったあとにはキレイに痕跡を消す。
プロに掛かればたわいのない事だ。
第2陣の連中が追いつくと2人1組でそれぞれを各部屋に突入するように指示を出す。
「了解」
「承知した」
黒ずくめ達が配置につく頃、年配の男が得物を引き抜く。
黒く淀んだ両目には慈悲の欠片も無い。
そっと開いた一室の中で折り重なるようにして男女が3人眠りこけていた。
人間の男の上にのしかかるようにインナー姿の竜人の女がいびきを立て、少し離れたところに胡坐をかいたまま緑色のゴブリンが舟を漕いでいる。
シスターの女は見当たらないが、別の部屋にいる可能性がある。
「悪く思うなよ。これも仕事なんでな」
黒ずくめは呟くとギラリと鈍く光るそれを振りかざした。