寝坊、そしてシスター
今日もいつもの日常が始まるのだろう。
赤、青、緑色など様々な色の屋根が眼下に見える。
そういえば町の全景を見たことが無かったな、と思った。
今まで余裕が無かったのだろう。
ここがどんなところで、どんな色をしているかなど見た記憶がない。
「ロッテンハイマー、だったっけ」
南側が緩やかな傾斜になっている街並みを見下ろしながら呟く。
朝を告げる教会の鐘が鳴り、鳩らしき鳥が町の上空を横切る。
町のほぼ中央に位置するイスラム圏のモスクみたいな建物は領主の館だそうだ。
西側には広大な麦畑と点在する畑、そして風車がいくつか見て取れた。
南側は草原と舗装された街道が果てしなく続き、うっすら彼方に丘と山々が見えていた。
町の東側は例の遺跡を有する荒れ地だ。
ゴツゴツした茶色い岩肌が剥き出しの不毛地帯。
澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込み、そして調査報告に行かないといけない事を思い出した。
ぬかった!
ユーマは疾駆した。
石階段を2段飛ばしで駆け下り、大通りの石畳を跳ねるように駆け抜ける。
用水路に掛かる木の橋を軽快に走り抜けるとカワセミ亭の玄関に飛び込む。
受付は無人だった。
具体的な時間は分からないが、たぶん6時前頃だ。
まだ店員が起きて来てないのだろう。
静かに廊下を突き抜け、自室に飛び込むとベッドにまっしぐら。
わずか10秒で静かに寝息を立て始めるのだった。
「はッ!!!」
飛び起きた。
心臓がバクバクいっている気がする。
これはなんだ? 心の病? 否、恋か?
今何時だろう、ここはどこだったっけ!?
ユーマは軽く錯乱していた。
良い目覚めとは程遠く、用事があるのに寝過ごした時みたいな焦燥感があった。
実際のところ寝過ごしていたわけだが。
時計を探すが見当たらない。
部屋を見渡すと見慣れないログハウスのような一室。
パソコンも見当たらないし、エアコンも壁に掛かっていない。
木の丸テーブルがひとつとお尻が痛くなりそうなクッション無しの木の椅子がひとつ。
テーブルの上にはヨーロッパにありそうな燭台と燃え尽きたらしきロウソク。
自身は買った記憶の無い木のベッドから落ちたのだろう。
床で寝ていたようだ。
「あ、おはようございます」
ベッド脇に青い法衣姿の美少女が座り、にっこりと笑いかけた。
黒タイツに覆われたカモシカのような美脚が眩しい。
なぜ鍵のかかる部屋の中に美少女が?!
一体オレは何をされたんだ!?
ユーマは体をペタペタ触り、ようやく落ち着いてきた。
「ウリウリさん、何やってんですか?」
そう美少女はシスターのマ・クワ・ウリウリさん18歳だった。
さらさらと指通りの良さそうな純金のようなロングヘアーに海原のような青い瞳。
陶磁器のような白い肌はきめ細やかだ。
いわゆる完全なる美少女であった。
しかしながら完璧な人間などいない。
このシスター、ヘンタイの気があり、何かと卑猥な発想に発展しがちである。
「何って、ユーマ様が約束の時間になっても来ないから」
しまった。
ユーマは思い出した。
遺跡の調査報告に行こう。午前中のラッパの音が響く時間、つまり午前9時ごろに! と約束していたのである。
つまりは寝坊したユーマを迎えに来てくれたのだ。
「3時間くらい見つめてました!」
「なんで!?」
思わず聞き返す。
起こしてくれるわけでも無く、グースカ寝息を立て、ベッドから落ちて飛び起きるまで見つめていたというのだ。
「あまりにも気持ち良さそうだったので撫でるだけにしときました!」
何故か恍惚とした表情になるヘンタイ。
「何を!? 何を撫でたの?!」
ユーマは恐怖した。
寝ている間に妙齢の女性が顔を赤らめるような何かをされていたのだ。
「ナイショです」
たすけておかあさん! ヘンタイだー!
「あ、でも鍵かけずに寝てると不用心だゾ!」
ウインクしながらヘンタイが嗤う。
くッ! 美少女なだけにあざとくても言い返せない!
結局のところ何をされたのか分からないまま、裏庭で顔を洗い、連れ立って出掛けることと相成った。
何を撫でてくれたんでしょう?
きっと寝顔がカワイイ、ウフフフとか言いながら撫でまくってくれたんです。
・・・・・・たぶん