やせいのようじょ
『有償ゴッデスポイントが1000付与されました! この調子で頑張りましょう!!』
「どわぁぁっ!?」
夜中の3時、唐突に脳裏に響く甲高く、どこか可愛らしい声!
黄色い某ネズミの声に似てない事も無い。
たぶん気のせいだろうけど。
思わず飛び起きたユーマはトイレの便座から転げ落ちた。
謎の力で光り輝きながら宙を舞うキャンパスノート。
「お、おお、お・・・・・・」
あまりの神々しさに加え、寝ぼけのあまりに語彙が崩壊。
キャンパスノートが纏う輝きがユーマの体に流れ込むとともに天上の神々の言葉が脳裏に響いた。
「あ、ありがとう神様・・・・・・」
トイレの床に這いつくばり天を仰ぐ様は滑稽だ。
こんなに嬉しいことは無い! 何だか温かくて、幸せな気分だ。
『チヒロ』
「ん?」
『神様だって名前あるの。名前で呼んでなの』
「・・・・・・ありがとうチヒロ様」
『よきにはからえなの。様はいらないの。あとね―――』
なるほど、それぞれ担当みたいな何かがあるらしい。
みんな「チ」から始まるのは業界ルールなのだろうか。
何か話したそうにしているポイント担当チヒロ。
だが、こんな時間に目を覚ましても対処に困る。
もう一度寝よう。
ユーマは切り替えが早かった。
「それでは、おやすみ!」
サッと立ち上がると、便器に座り直す。
そそくさと考える人のポーズを取り・・・・・・いびきを掻き始めるのだった。
『あっ・・・・・・。もう! お喋りくらいしようなの!!』
「だが断る」
ユーマは無慈悲であった。
「今何時だと思ってんだ」
昼過ぎの異世界の街。
盛大に寝過ごしたユーマが通りを歩いていた。
「おのれ神め、変な時間に起こしてくれて・・・・・・まったく」
ブツブツと愚痴りながら爽やかな風と日差し。
季節的には春だろうか。
「さあさ! 南方から取り寄せた珍しい果実だ!! 安くしとくよ!!」
「西国から取り寄せた色鮮やかな装束、期間限定で叩き売りだぁ!!」
大通りなのだろうか。
ざっくり4車線ほどの横幅で側道沿いには店が立ち並ぶ。
さらには路上の敷物の上で商品棚を並べているのがデフォルトらしい。
「世にも珍しい銀色のワンちゃんだ! 鋼鉄の体は用心棒にピッタリだぞ!」
「ア、ア〇ボだ・・・・・・」
人だかりができている露店を覗くと犬型ロボットっぽい何かが鎮座していた。
きっとそういう感じのイキモノなのだろうと思うことにする。
「ネタとして、ノートに書き記すには面白味が足りない・・・・・・」
さらなる話のタネのためには事件に首を突っ込むしかない。
となると、RPGにつきもののギルドだとか酒場だとかそういうアレを探すべきだ。
そう思い、街中を散策するが、それっぽいものが無い。
「ないかー、そっかー。仕方ないなー」
などと独り言をつぶやきながら、それでもと探し回る様は滑稽であった。
ナントカポイントが尽きたらトイレの水が止まると聞いた。
つまりは水道代の支払いがポイントから行われるのだろう。
「まずいな」
そう、マズいのだ。
お家は賃貸である。
トイレの水が止まる前に、家賃滞納で引き払われてしまう。
「もぬけの殻の自宅。家賃滞納。完全に夜逃げではないか・・・・・・」
自宅が失われるという事は、このアラドとかいう世界から現代日本に帰る術が無くなるという事である。
「ままならん!!」
道行く人が驚き振り返る。
「どうしたんだアンタ?」
アグレッシブすぎる町人が声をかけてくる。
なんという親切!
「ああ、ええと。職業案内所とか仕事の依頼が受けられるような施設が見当たらなくて」
「仕事の依頼・・・・・・ああ、商工会ギルドかな? あるよ。隣の大通りに」
親切な声掛けには乗っていくスタイルがユーマだ。
「それはどこの・・・・・・」
「ロッテンハイマーの通りは多いし広いからなぁ。わかるわかる。ここの通りを突き辺りまで行って、左に曲がる。で、次の十字路を左に曲がってすぐさ」
親切なモブ兄さんありがとう!
ユーマは、深々とお礼をすると延々と続く大通りを歩き始めた。
かくして件の建物を発見。
パルテノン神殿を彷彿させる外観の後ろに3階建ての石造りの建物が続いている。
無償ポイント100を使い、異世界の文字と言語を習得したユーマには「商工会案内所」という看板が目に入っていた。
「ほう」
石階段を数段登り、中を覗く。
治安がいいのだろうか。
入り口には扉らしきものが無い。
建物内は老若男女はもとより、肌の色も様々な人々でごった返し、壁や衝立には依頼書が所狭しと貼られている。
併設するスペースには軽食が食べられる場所もあった。
どうやら飲食スペースで仲間を募り、依頼書を取りに行くスタイルらしい。
25mほど直線状に衝立が並び、それが6セット。
その彼方に飲食スペースといった感じだ。
大型ショッピングモールのフードコートを連想させるそこには、いくつものパーティが依頼書と睨めっこしたり談笑していた。
「これはこれは・・・・・・」
高い天井。
3階建てだと思ったが、吹き抜けがあるので実質2階建てだろうか。
「ササクマン遺跡行く人―?」
一人でいる人物が通りかかる人に声をかけている。
仲間募集中だろうか。
「まるでネトゲのような・・・・・・」
そんな中、幼女が視界に入る。
緑色のみぞおちまで届きそうな長髪を括るでもなく、ボサっと伸ばしっぱなし。
そして何より気になったのが服装だ。
アレだ、最近のスク水だ。
スパッツでユニタードタイプの。
それ1枚だけの幼女は裸足だった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
見つめあう目と目。
なんとなく気まずい空気が流れる。
もしかしたら水泳関係の依頼があるのかもしれない、とユーマは閃く。
幼女教官、そんな感じなのかもな、と見ていたら目が合ってしまったのだ。
青いサファイアのような瞳がユーマを見つめる。
思わずユーマも見つめ返す。
沈黙。
何かアクションしなきゃいけない気がした。
そうだ、とりあえず愛想笑いでもして軽く会釈して立ち去ろう。それが良い。
ユーマは知らなかったのだ。
野生のサルと出会った時に目を合わせたり、歯茎を見せたらダメなことに。
「ど、どうも」
ユーマが爽やかに笑い、視線を逸らした。
「オマエ・・・・・・」
異世界というなら当然、人間以外もいるのだろう。
そう、幼女はドラゴン(人化)であったのだ。
人知れず戦いのゴングが鳴り響く。
立ち去ろうとした途端、幼女が弾丸のように飛び掛かる。
彼女の里では、歯茎を見せてニヤリと笑うのは「宣戦布告のポーズ」だあったのである。
ぷにぷにボディが襲い掛かった!
後頭部に柔らかな衝撃が走り、そのまま前のめりに吹っ飛ばされる。
最後に見たものは迫りくる木製の床だった。
「ギャァァァァァアアアアーーーッッ!!!」
「ウキーーーーッ!!!」
「キャアアアアアーーーーッッ!!」
激突、誰かの悲鳴、鉄の香り。そして遠ざかる意識。
これがエルダードラゴンの幼女マウスとの出会いだった。
ちなみにマウスはネズミでは無いし、モンキーでもないことは本人の誇りのために記さねばならないだろう。
“野生の”は否定しないけど。
野生のモンキーと目を合わせたあと、歯茎を見せたらあの世送りになるので決してやらないようにしましょう。
※田舎人からのアドバイス