徒歩で地上60階に挑む者たち
世界が変われば所も変わり、そして旅のお宿も個性的になるものである。
見上げても天辺が見えないほどの巨木の群れ。
巨木の上に家が建っている、わけでは無く、中をくり抜いた家が地面から樹上まで至るところに存在していた。
外壁というべきか、幹の外側には人工的に作られ、後付けされた木製の螺旋階段がはるか上層に向けて延々と続いている。
内部にもはしごやらツタやらで上り下りでき、巨大なタンポポの綿毛のようなものにぶら下がれば降下、二つを両手で掴めば上昇とかいう天然のエレベーターまで存在していた。
樹上では枝と枝が交差する間に縄で編まれた網が広がり、行き来できるらしい。
届かない距離は、先ほど遠目に見た気球が張り巡らされたロープ伝いで行き来する。
「ゾッとしないでもない・・・・・・のじゃ・・・・・・」
面白そう、と外壁の螺旋階段を昇り出したマウスが地上約80mでガタガタ震え出した。
うっかり「爽快じゃ!」などと言って下を見たのが運の尽きである。
なんせ人が2人分くらいしか通れない幅で、手すりは成人の膝上くらいまでしかない。
どう見ても安全基準を満たしていなかった。
異界だしな、妙にユーマは落ち着いていた。
というよりもリディア共々へばっていた。
「もうここで野宿しよう」
地上約300m地点に旅のお宿があると聞き、うんざりしながらも向かう事になった。
300mというとビル60階分くらいである。
現代人のユーマは絶句した後、綿毛に捉まって上に行くことを提案した。
同じく異界の人とはいえ、魔法が使えるだけの女学生リディアも賛同する。
マウスも賛同するかと思いきや
「ちょっとだけ高いとこから景色を見たいのじゃ。ほれ、自分たちの居場所くらい把握したいじゃろ?」
と半分欲望、半分リアルな事を言った。
「一理ある」
ユーマは思わず頷いてしまった。
あとはご覧のありさまである。
野生のドラゴン幼女が余りある体力で階段を駆け上がる。
いくつもの内部への入り口や出店がビュンビュンと後方に流れていく。
緑色の疾風と化したマウス、それを追い掛けるユーマとリディアはヒィヒィ言いながら汗だくになっていた。
ちょっとと言っていたのにマウスは止まらない。
「も、もう、ダ、ダメ・・・・・・」
地上60mくらいの場所でリディアが力尽きた。
膝から崩れ落ち、倒れ伏す。
ゼェハァゼェハァ激しく息をしていた。
ユーマはリディアとマウスを交互に見る。
マウスは止まらなかった。
というか気付いていなかった。
「置いてはいけない!」
ユーマはヒィヒィ言いながらカッコよく言い放った。
まるで主人公である。
グッタリしているリディアをおんぶすると駆け抜けていったマウスを追う。
途中、ふとユーマは考えた。
(なぜマウスを追いかけているのだろう? 上か途中で待ってたらダメだったのだろうか)
今となっては時遅しである。
背負っているリディアは特に重くはなかったが、柔らかくていい匂いがして思考がまともに働かない。
「爽快じゃ! 絶景絶・・・・・・ぜ、ぜ、ぜ・・・・・・う、うむ・・・・・・」
マウスが叫ぶ声が空から降ってくる。
ようやく追いついた先でマウスは眼下を見下ろし、そして両足がガタガタ揺れていた。
ユーマは膝を折ると倒れた。
「むぎゅう」
背負っていたリディアがユーマをサンドウィッチにする。
「ち、違うぞ! こ、これは感動のあまり、そのアレじゃ! 心が震えておるのじゃ!!」
へばる2人の死んだ魚のような目に気付いたマウスが意味不明発言。
どうでも良かった。
安全基準を無視したような手すりも300m地点にあるお宿とやらも。
「もうここで野宿しよう」
ユーマはゆっくりと目を閉じ、そして目の前が真っ暗になってい、かなかった。
「ダメよ、ここまで来たんだもの・・・・・・! 樹上の露天風呂、入らなきゃ死にきれないわ!!」
リディアが立ち上がった。
満身創痍の中、両目に宿る信念の炎が燃え上がる、気がした。
まるで主人公だ。
宿敵との決戦、絶望的な敵の大軍との一戦・・・・・・だったらドラマチックだっただろう。
ところが樹上のお宿を目指す日常の一コマ。
人生は戦いだ、どこかのえらい人が言っていた気がする。
倒れたまま見上げるユーマの視線の先にはリディアのスパッツに包まれたお尻が見えた。
信念の炎が目に宿っているかとか主人公っぽい表情をしているかとかユーマには分からなかった。
あくまでも想像だ。
もしかしたら涎をボタボタ垂らしているかもしれないが未確認である。
「せやけどワイ、もう動けへん」
ユーマが呟いた。
何故か関西弁だった。
「大丈夫! 任せて! 今度はあたしがアンタを・・・ををををッ!!!」
マウスよりはあるけど無い胸をドンッと叩き、リディアがユーマをおんぶしようとして、持ち上がらなかった。
ユーマは意外と重かった。
「な、情けないの! どれ、我が担いでやろう!」
大惨事の元凶は足の震えが治まったのかユーマの頭上に仁王立ちした。
見上げる先にやっぱりお尻が見えた。
マウスはそのままユーマを跨ぐと両足を掴み、そして引きずりながら大木の内部に続くドアをくぐっていくのだった。
「後頭部が擦り切れそう・・・・・・」
ユーマの嘆きが虚しく響く。