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第九話 密約はギョーザと共に

 ドンブリから、白い湯気が上がる。

 一緒に醤油ベースのスープの香りを誘ってきて、否応なく空腹を刺激してきた。

 トッピングは白ネギにシナチクにナルト、チャーシュー風のハムと基本を押さえている。

 俺はドンブリに箸を突っ込んで、麺を持ち上げた。

 卵色の縮れ麺に、スープが絡んでキラキラと輝いていた。

 二度三度フーッと息を吹きかけ少し冷ましてから、一気に麺をすすり上げる。

 一口含んだ瞬間、幸せの味が口いっぱいに広がった。

 思わず顔が緩んでしまう。

 これに、小ライスとギョーザ三個がついて三百円なんて、学食って奇跡。奇跡学食。

「うまっ! 何これ!? うまっ!」

 隣で、一瞬にして奇跡の虜になったヤツが、ものすごい速さで箸を動かしていた。

 体全体で食べてるような印象なのに、不思議と食べ跡は汚くない。

 気が付くと、俺は無意識の内にポケットに手をやっていた。

 結局、さっきのメモの事は言い出せなかった。

 鳥南蛮セットの食券を見せびらかすようにして卯乃原が戻ってきた時、俺は咄嗟にメモを握り締め、その手をポケットへと突っ込んでいた。

 一部始終を見ていたはずの川添は、何も言わなかった。

 何も言わずに、今は頬杖をついて卯乃原の食べるさまを見ている。

 一度ちらっとこちらを見たきり、真剣な目で卯乃原の方を……。

「……美味そう」

 いや、違う、ごめん、鳥南蛮見てた。

 引き結んだ口の端から、透明なよだれがタラリと落ちる。

 俺は溜息をついて、餃子ののった皿を川添の前においた。

「やる」

 しばらくジッと餃子を見つめた後、泣きそうな顔で俺を見てきた川添に頷いて見せた。

「マジで!」

 表情が見る間に輝いて、川添は自分の箸を持ち上げた。

 パクパクパクっと、餃子が一瞬で口の中に消えていく。

「お前ちょっとは遠慮とかさ……」

「私、調味料かけられないモノに興味ないんで」

 即座に言い切って、満足そうな笑顔になる。

 ぱちんと手を合わせて、ごっそーさんと声を上げた。

 こ、こいつ本当にわかってるのか?

 それ、さっきのメモの事、このまま黙っててくれって意味でやったんだぞ。

 餃子を無為に失ったかもしれない不安から、また、手が勝手にポケットの方へ行った。

「……大丈夫だって」

 まるで俺の心の中を読んだようなタイミングで、川添がニッと笑った。

 さっきまでのアホっぽそうな笑顔と違う、どこか頼れる表情だった。

 その顔を見て、俺は小さく溜息を付く。

 なんだ、良かった伝わって……。

「ライスまでは取らないから」

 ……は?

 見ると、川添の視線は綺麗に俺の御飯茶碗へと注がれていた。

「だ、こ、これはダメだぞ! 俺だって腹減ってんだから!」

 確かに体は小さいけど、誰がなんと言おうと俺だって育ち盛りだ。

 ラーメンだけでは、とてもじゃないけど午後の授業を乗り越えられない。

「……でもさー」

 俺が必死で小ライスを川添から庇っていると、卯乃原が呟いた。

 行儀悪く箸の先を咥えて、首を傾げながらこちらを見ている。

「それ、なにで食べるわけ?」

 そう言って、真っ白なごはんを指差した。

「そうだそうだ、おかずのない米なんて、アタッカーのいないバレーチームと一緒だぞ」

 卯乃原の言葉に、馬鹿が調子付いた。

 しかし、アタッカーがどれだけ有名な選手だろうと、俺だってこればっかりは譲れない。

「ラーメンの具で食べるし! おかずあるし!」

 川添が馬鹿にしたように、はんって感じで笑う。

 うう、こうなったら本当にチャーシューでごはん食べてやる。

 俺が悲壮な決意をしていると、トントンと肩が叩かれ、卯乃原から素晴らしい提案がなされた。

「浮塚、良かったら俺の鳥南蛮一個いる?」

「え、いいの?」

「……ちっ」

 川添が、いらん事しやがってと吐き捨てながら椅子に背もたれるのを無視して、俺は卯乃原の手を取った。

 お皿の上には美味しそうな鶏肉が二切れ。

 ごはんはもう一口分しか残っていないから、ペース配分を考えても、くれると言う以上遠慮する必要はないはずだ。

 多分。

「ありがとー」

「う、うん」

 握った手をブンブン振ると、見る見るうちに卯乃原の顔が赤くなっていった。

 直ぐに熱いものから庇うように左手を離して、機嫌よさ気に鳥南蛮を一つ箸でつまむ。

「そ、それじゃあ、はい……」

 俺も上機嫌で、それを茶碗で迎えに行った。

「やー、ゴチにな……」

「あ、あーん」

 あー……ん?

 恐ろしい事に、卯乃原は持ち上げた箸先の下に左手を添えながら、甘だれのかかった鳥南蛮を俺の口元まで持ってきていた。

 えーと、こんな衆人環視の中、食べさせてもらえと?

 はっとして、俺は振り返った。

 ガタガタッと椅子が動くたくさんの音がして、明らかに何人かが視線をそらした。

 中には、目があうと手を振って、小さくガッツポーズを見せてくる女子までいた。

 ……頭が痛くなってくる。

「ほ、ほら、早くしないとタレが落ちる」

「いや、でも、俺としてはごはんの上にのせてくれた方が……」

「あーん」

「……はい」

 顔はちゃんと笑ってるのに、睨まれた様な気がして俺は仕方なく頷いた。

 目を瞑り口をあける。

 目の前が暗闇になると、卯乃原が箸を咥えていたシーンが浮かんできた。

 いや、今思い出すのおかしいから。

 顔が熱くなっていくのを感じて、俺は更に瞼に力を入れた。

 その途端、口の中に何かがつっこまれる。

「美味しい?」

 口を閉じて目を開けると、卯乃原の顔が目の前にあった。

「さ、さあ?」

 俺は、曖昧に笑いながら首を傾げる。

 何度噛んでみても、味なんてわからなかった。

 こういう時に、味が感じられなくなるのは本当らしい。

 精神だけじゃなく、味覚まで死んだみたいだ。

「あーダメだ。見てたらなんかお腹へってきた」

 大きな溜息をついて、川添が立ち上がった。

「も、もう行くのか?」

 俺は縋り付く思いでそう言った。

 この状況で、未だにこんな事言ってるこいつが、すごく貴重な存在に思えた。

「だって、私、もーお金ないし。浮塚いくら持ってる?」

「さ、三十二円!」

「さいなら」

 薄情にも片手を挙げて、川添は歩き出した。

 テーブルを回ってこちらにやってきた時、あー、と言って立ち止まる。

「卯乃原ーあんまりウチのアキちゃん苛めないでね」

「それ誰目線だよ」

 そもそも一回もそんな呼び方された事ない。

 一度ひらりと手を振ると、川添は空のトレーを食器返却口に返して、学食の外へと消えていった。

 その背中を見送って、俺は溜息をついて、椅子に沈み込んだ。

 なんか、すごく疲れた。

 ただ飯食いに来ただけのはずなのに。

 自然と顔が卯乃原のほうを向いた。

 ばちっと目が合った。

 どこか怒っているように、眉を吊り上げ、目には尋常じゃない光が宿っている。

 しばらく忘れていた緊張が、頭をもたげて来た。

「な、なにかな?」

「俺も浮塚の事アキって呼びたい!」

 卯乃原の表情はどこまでも真剣だった。

 ……勘弁して。

 ずるっと椅子から落ちかけた俺は、指で眉間をもんで天を仰いだ。

 ねー、打ち首獄門ってまだですかー?


これまで、あとがき推進だなんだとやってきましたが、ここまであとがきに書いてきたのは、なんだか当たり前みたいな事ばかり。

そこで、無い知恵絞って考えました。

考えた結果、明日から、新作の構想をここでやっていこうと思います。

と、言っても、僕はプロットとかキャラ設定とかをあまりきちんと作った事ないので、考えている過程を、ただ駄々漏れにすると言う企画なのですが。

頭の中の物をそのままここに書きなぐって行きますので、あまりひかないようよろしくお願いします。

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