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第七話 繋ぎたい手

「こ、恐かった〜」

 屋上から戻ると、俺はその場に座り込んでしまった。

 膝を抱え、その中に顔を埋めてしまう。

 心臓が消防車のサイレンみたいにかんかんなっていた。

 耳が熱くて、手で触れてみると、やけに指先を冷たく感じた。

 それにしても、終始、わけがわからなかった。

 こちらからは何も話が出来なかったし、向こうだって、昨日のことなんか無かったみたいに話を進めていった。

 そのくせ、最終的にはカナって呼べって、一体どうしたらいいのか分からない。

 昨日だってどうして良いのか分からなかったけど、それとはまた違う。

(……情緒不安定かよ)

 微妙に拍子抜けしながら、俺は溜息を付いて立ち上がった。

 まー、前向きに考える事だ。

 一応俺から会いに行ったのだし、コクハクへのケジメはつけた。

 なんだか微妙にモヤモヤするけど、それでも重たい荷物を下ろしたような解放感は確かにあった。

「さて、ラーメンラーメン」

 無理矢理意識を学食に飛ばして、俺は階段を下りた。

 学食は一階にある。

 ここからだと四階分下に降りなければならない。

 屋上からの階段を下りて、四階の一年生のフロアを通り、更に三階への踊り場に差し掛かったとき。

「浮塚ー」

 上から声がかかった。

「……え?」

 顔を上げて、声の正体を確かめると、そこに居たのは卯乃原だった。

 緊張感が三度蘇ったのとともに、俺の中の意味が分からない奴ランキングが急激にチャート変動を起こし始める。

 卯乃原は四階の階段の手すりから身を乗り出し、こちらに向って手を振っていた。

 俺が立ち止まったのを確認すると、もの凄いスピードで階段を駆け下りてくる。

 次の瞬間には目の前に居た。

 五秒も掛からなかったんじゃないだろうか。

「浮塚、今からどこ行くの?」

 卯乃原は息を切らした様子も無く、爽やかにそう訊ねてきた。

 何が起こったのか全く理解できない俺は、思わず正直に答えてしまう。

「いや、今から、学食に行こうかなって思ってたんだけど」

「ホント!」

 そう言って顔を輝かせる。

「お、俺も今から学食に行こうかなーって思ってたんだ」

「え? あー、そうなんだ……」

 呆然と答える俺の前で、卯乃原は微かに頬を赤く染めながら、視線をキョロキョロと動かしていた。

 な、なに? なにこれ?

 卯乃原の態度は良く分からなかったが、不思議と緊張感は萎んでいってた。

 なんだかモジモジしている卯乃原と二人、ここでぼーっとしていても仕方がないので、俺は彼に声をかけた。

「んと、だったらさカナも一緒に行く?」

「ひっ、ひえぇぇぇぇええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ」

「わ、わあああああああああああああ」

 俺が下りる階段を指差した途端、卯乃原が素っ頓狂な声を上げて飛び上がった。

 それに驚いて俺まで大声で叫んでしまう。

「ど、どうした?」

「だだだだだだって、い、今、な、名前で」

「え? そんなんカナって呼べって言ったのそっちだし」

「そ、そうだっけ? あー……そ、そんな事を言ったような記憶があるようなないような、あは、あははは」

 引き攣ったような笑顔を浮かべながら、卯乃原は頭を掻いた。

「えーと……良くわかんないけど、じゃあ行く?」

 改めて下の階を指差すと、真剣な顔で卯乃原は首を横に振った。

「あ、じゃあ、俺先に……」

「そうじゃなくて、名前」

「はい?」

「名前、もう一回呼んで」

「はあ?」

「呼べ!」

「は、はい! ……えー、と、それじゃあ……か、カナ?」

「ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」

 俺が恐る恐る名前を呼ぶと、どこかが痺れたように、卯乃原の体が震えながら伸びていった。

 ジブリ映画で、爪先からシルエットが波線になっていくあの感じに似てる。

 ただ、でかい図体でそれをやられても、不気味だ、という事が分かっただけだ。

 ビリビリが頭の先から抜けていき(そんな風に見えた)、ほうっと息をついて、赤い顔の卯乃原から力が抜けた。

 トロンとした様な目つきで、コクリと頷く。

「……はい」

「……はい?」

「一緒に行きます」

「あ、ああ」

 どこか口調までゆったりしてる卯乃原に頷いて、振り返ろうとしたとき、スッと手が差し出された。

 うわー大きい手ー。

 なんて、こっちまでゆったりしてる場合じゃない。

 こ、これは、もしかするとあれなんではなかろうか。

 巷でよく聞く、不良たちの内職、そうKA☆TU☆A☆GE。

 俺も遂に人間自動預け払い機デビューを……。

 サーッと顔から血の気が引いていく。

 頭の中でどれだけ小銭入れの中身をまさぐっても、三十二円しか見つからなかった。

 元々学校にあまりお金を持ってくるほうではない上に、さっき川添に三百円を渡してしまっている。

 三十二円のメニューなんて学食にないし、そもそもこの世知辛い現代社会で三十二円で買えるものなんてあるんだろうか。

「あ、あの、ぼぼぼぼくお金持ってないんですけど」

 ポケットから小銭入れを取り出した俺を見て、しばらくキョトンとしてた卯乃原だったが、何を言いたいかわかったみたいでぷっと吹き出した。

「いや、そうじゃなくて」

「えーと、じゃなかったらなに?」

「ていうか、そういう目で見られてたんだ……」

「え、ごめん」

 やたら落ち込んだように肩を落とす卯乃原を見て、咄嗟に謝ってしまう。

「はは、いいよいいよ」

 そう言って軽く手を振ったかと思うと、今度はまた顔を赤くし始めた。

 その顔色の変化に、いい加減ちょっと心配になってくる。

「いやー、だから、そうじゃなくてー……て、手」

「……手?」

「手をー」

「手を?」

「繋ぎたいなーって」

 ……。

「……」

「……」

 ……。

「……はい?」


そろそろあとがきのネタがなくなってきました。

明日から一体何を書こうか……。

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