第五話 引かれた線と
その後の授業は殆ど頭に入ってこなかった。
表向きはいつも通りの静けさで、しかし、その時は刻一刻と近づいてきていて、俺は生きた心地がしなかった。
やがて長かった授業時間が終わり、昼休みになった。
チャイムの音と同時に、開放感と空腹を抱えた生徒たちで、学校中が喧しくなる。
そんな喧騒の中で、川添が声を掛けてきた。
「浮塚ー、今日弁当?」
「いや」
基本的に俺は弁当組に属する。
それでも、時たま無性に学食で食べたくなる事があって、そういう時は、朝弁昼学食派の川添と一緒に食べる事にしていた。
「そっか、じゃ行こ」
俺が首を振ると、川添は嬉しそうに笑いながら、学食の方を指差した。
よほど腹が減っていたのだろう、さすが万年欠食児童だ。
けど、親指を下に向けるのはやめた方が良いと思うぞ川添。
発射寸前のロケットみたいになってる川添に、俺はもう一度首を振った。
「先に行って席取っといて。俺ちょっと用事があるから」
「あれ? そうなの?」
ロケットの先端には嗅覚センサーでもついているのか、返答しながらでも、川添の視線は教室を出て階段を駆け下り、一階の学食に到着しているようだった。
「じゃあ、メニュー言いなよ、頼んどいてあげるから」
「ありがと」
俺は素直に頷くと、財布から百円玉を三つ取り出し、ラーメンセットを頼んで川添にわたした。
「了解了解、先食べてるから」
「うん、あ、川添」
「んーーっとと、何?」
半ば駆け出していた川添が、急ブレーキをかけて振り返る。
「卯乃原ってさ、昼休みどこにいるか知ってる?」
卯乃原の姿は既に教室内になかった。
チャイムが鳴ったときには確かにいたはずなのだが、クラスメイトたちの慌しさに紛れるようにして、姿を消してしまっていた。
「……なに? なんか揉め事?」
卯乃原の名前を聞いた途端、川添が眉を顰めて、怖いくらい真剣な表情になった。
こいつも卯乃原の噂は聴いた事があるのだろう。
俺は慌てて首を振る。
「いや、ちゃうちゃう。ちょっと話があるだけだから」
まさか、告白の返事をしにいくとは言えない。
川添は少しの間黙ってこちらを見ていたが、唐突にふっと表情が緩んで元の食いしん坊万歳に戻った。
「…………そっか、だったらあそこじゃない? 屋上」
そう言って、今度は親指を上に向けた。
「お前屋上なんて行ったことあるんだ」
「いや、いっぺんもない。だから言ってんの」
……ああ、なるほど。
基本的にウチの学校では屋上を全天候で閉めている。
閉めてはいるが、何も出れないわけじゃない。
要は地面に引かれた線と一緒だ。
越えちゃいけないとは言われているが、越えられないわけじゃない。
それを守るかどうかは、生徒次第だったりする。
「昼休みに学校ん中で卯乃原見たことないもん。外出てなきゃ、あそこでしょ」
確かに、俺も卯乃原を昼休みに校内で見かけたことはなかった。
高校に入ってもう半年も経つのに一度も。
卯乃原は校内をウロウロするようなタイプでもないだろうから、外にいないのであれば屋上に居る可能性は高そうだ。
居なきゃ今日話すのは諦めればいいだけだし。
「お前時々頭良いな」
「そう? 普通じゃないかな?」
いや、少なくともお前普段は普通じゃないぞ。
「あ、やばっ!」
俺がそんな風に思っていると、時計は読める馬鹿が、時間を確認して慌てたように駆け出した。
「それじゃあ、先に行ってるから、なんかあったら電話しなよ」
そう言って、今度こそ駆け去って行く。
えーと、仮に何かあったとして、あいつは助けに来るつもりなのだろうか。
かなり格好悪い状況を想像して、直ぐにそれを振り払うと俺は静かになりつつある教室を出た。
タイトルについて。
○○と○○というタイトルに弱いです。
罪○罰、戦争○平和、ヒゲ○ボイン。
二つの単語を組み合わせているのに、単一の物より感じるこの一体感。収まりの良さ。
そう言った訳で(?)このお話は、タイトルをまず思いついて、それから、タイトルにそったお話を考えました。
まだまだ先は長いですが、これからもよろしくおねがいします。




