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第四話 眠る不良とバレー馬鹿

 気が付くと、スズメが鳴いていた。

 昨夜は、今日の事を思って中々寝付けず、うとうとが訪れる度に、卯乃原の怒ったような顔が浮かんできて、ありがたいことに睡魔を追い払ってくれた。

 おかげで、ほとんど気絶するように眠りに付いたのは、空が白み始めた頃だ。

「あん〜た〜るぁし〜いあ〜さがきた きぃん〜ぼ〜おのぅあ〜さ〜だ」

 寝不足で重たい頭を抱えてベッドの上で体を起こすと、部屋の外から、朝の支度の音に混じって姉ちゃんの歌声が聞こえてきた。

 ラジオ体操の前に流れる歌。

 巻き舌バリバリの演歌ミックスだ。

 あんたらしい朝ってどんな朝だよ。

 寝癖のついた頭を掻きながら、俺はベッドを離れて窓を開けた。

 昨日の埃を追い払った今日の風が、カーテンを脇に追いやって部屋に侵入してくる。

 胸いっぱいに新鮮な空気を吸うと、体の中で化学反応を起こして欠伸になって出て行った。

 目尻に浮かんだ涙をこすって、一つ頷いてみる。

 俺は、今日卯乃原に返事をすることに決めていた。

 昨夜、眠れない間に考えて、こういうのは先に延ばしてもしょうがないだろうし、ほっといて話が自然に消えるのを待つのは、リスクを考えるととてもじゃないけど実行できないと判断した。

 俺だって伊達に長年へタレをやってるわけじゃない。

 どのタイミングが一番"痛くない"か、何もかもを避けて通るよりも、あるタイミングで事に飛び込んでおいたほうが、結果的にダメージが少なくなる事を俺は心得ていた。

 自分でも泣きたくなるくらい情けない心得を朝日に披露していると、後ろで襖が開いた。

「アキー、朝ごはーん」

 俺に負けず劣らずの寝癖頭で、姉ちゃんが顔を出した。

「あ〜い」

 俺と同じで硬い髪質の姉ちゃんの寝癖をみながら、返事をして部屋を出た。



「うっ……」

 教室の扉の前で、思わず足が止まってしまう。

 接着剤で床と固定されてしまったかのように、足の裏が引っ付いて離れない。

 一旦足を引っぺがすのを諦めて、俺は教室を覗き込んだ。

 小窓から覗く見慣れた景色の中に、大きな体を机に突っ伏して、寝息を立てている卯乃原の姿が見えた。

 卯乃原はああ見えて、朝がとても早い。

 ああ見えてと言うのは、毒大蛇をペットとして飼っていそうとか、釘バットを五寸釘で作ってそうとか、お前のものはとか関係なく俺のもの、って思ってそうとか、そんな感じ。

 そんな感じの癖に、卯乃原は学校に朝早くに来て(まあ、それで寝てたり本読んでたりするんだけど)、授業中にはきっちりノートをとったりすると言う、非常に真面目な不良なのだ。

 しかし、真面目だろうと不良は不良。

 悪い噂の半分くらいは本当らしいし、最近は少し大人しくなってるようだけど、喧嘩っ早くて恐ろしいのにも変わりは無い。

 そんな事から鑑みても、動かなくなってしまった足に罪はないはずだ。

 なのに、次々に教室に入っていくクラスメイトたちは、俺を怪訝そうな目で見過ごしていく。

「なにしてんの?」

 しばらく視線に耐えていると、そう言って肩を叩かれた。

 打ち上げられた鯉のようにビクッとなって振り返ると、そこに居たのは隣の席の川添かわぞえだった。

 思わず大きな溜息がこぼれる。

 川添かわぞえ沙耶さや

 体に凹凸の少ない痩せ型の、こいつも嫌味なくらいの長身だ。

 背だけなら卯乃原ともタメを張れるくらい大きい。

 バレー部に所属していて、セッターって言うの? なんかいつもそこに居る人だそうで、中学から殆ど身長に変化のない俺にとっては羨ましい事に、未だに背が伸びている女だ。

 人見知りしない明け透けとした性格で、席も近かったため、入学してから川添とは割と直ぐに仲良くなった。

「か、川添、足が動かない、何とかしろ」

「はあ?」

 いかにも運動選手らしいショートカットに指を入れて、川添は困った顔をした。

 それでも、そこはやはりスポーツ選手。

 それから二秒も掛からず決断すると、ヤツは確かに何とかした。

 腰を捻ってグッと振りかぶり、俺の背中をパシンと思いっきり叩いてくれたのだ。

 ……普段アタックとかをやっているらしいでかい手で、普段アタックとかをやっている力のまま。

 ガシャンと大きな音を立てて、教室の扉が揺れる。

 鼻を強かに打ちつけた俺は、こうなるとは思わなかったみたいな顔をしているバレー馬鹿に、痛みも忘れて思いっきり詰め寄った。

「お、お前何か俺に恨みでもあるのか!?」

「え? 別に無いけど。それより、足動いて良かったじゃん」

 俺の頭を後ろに押しやって入り口の前からどかすと、あっさりと手を振りながら、川添は教室に入っていった。

 鼻と背中を痛くしてまで動くようにした足を動かして、俺もその後についていく。

 大きな音をたてた所為だろう、教室の中からは俺たちに向って視線の雨が降り注いでいた。

 卯乃原だけは変わらず突っ伏したまま。

 それならそれで良い。

 今顔を合わせても気まずいだけだ。

 そう思いつつ卯乃原の後ろを通りかかった時、ムクリと大きな体が起き上がった。

 再び俺の足が止まる。

 昔、夜中に見たファンタジー映画、その一幕で、主人公たちが竜の眠る洞窟に宝剣をとりに行くシーンがあった。

 巨大な竜は鼾をかいて眠っていて、その前を主人公たちは声を殺して歩いていく。

 首尾よく宝剣を手に入れた主人公たちだったが、そこはそれ、お約束と言うやつで、帰り道、竜の鼻がヒクヒクと動いて、重たそうな瞼が開き、赤い目が露になった。

 その後、映画では宝剣を使って、寝起きを刺激されて暴れまわる竜を退治したのだけど。

 俺は自分の装備品を確認した。

 教科書やノートを内蔵したそこそこ重たいリュックが一つ……以上。

 両の手は空手だし、教室の掃除ロッカーに伝説のつるぎがあったりもしない。

 ただ、フォークダンスの時に女子に嫌われそうなくらい手の平に汗をかいてたが、そんなもの握り締めた所で、奇跡の光が降ってくるとは思えなかった。

 上体を起こして呆然としているように見えた卯乃原が、ゆっくりと頭が回転し、ついでに体も半分ほど回転して、俺と視線が合った。

「…………」

「…………」

 蛇に見込まれた蛙、鷹の前の雀、ハブとマングース、ゴジラ対イベンダーホリフィールド。

 最後の方なんか違うのが出て来た気がするけど、色々なモノがてんでに暴れ始めたので、俺の頭の中はわやくちゃになってしまった。

 そんな俺を卯乃原が見つめている。

 起き抜けの所為か、トロンとした瞳はいつもの鋭さを欠き、驚くほど幼い印象がある。

 直ぐにでも、猫手で目を擦りだしそうな、そんな表情。

 こうして見ると、中々愛嬌のある顔をしている。

 ワニの赤ちゃんとかを見て、やっぱ小っさくても牙コエーなとか言いながら、どこかでホッとしてるような気持に似ていた。

 俺は、口の中の唾を飲み下すと、思い切って片手を上げてみた。

「お、おはよ」

「…………」

 沈黙。

 しばらく目の前に出て来た手と俺の顔とを見ていた卯乃原だったが、一度コクリと頷くと小さく口を開いた。

「…………おは、よ、すみ、なさい」

 逆スロー再生という感じで、元の机に突っ伏した格好に戻っていく。

 クラス中からどでかい溜息が漏れた。

 流石は学校一の問題児なだけはある。

 一年二組のみんな、竜は再び眠りについたぞ。

 宣言するまでもなく緊張はほどけていき、俺もようやく、聖書に誓いを立ててるみたいな格好から解放された。


あとがきを読むのが好きです。

出版物、ネット小説関わらず。

なので、推進の意味も込めて、ここでは割と意識的にあとがきを書いています。

面白いかどうかは分かりませんが。

やめろという声がない限りは、しばらく続けたいと思います。

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