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第三話 頭の硬い姉弟

 ウチに帰ってからも、気持ちはずっと上の空のままだった。

 ウチは、父、母、姉、俺、の四人家族だ。

 何てことはないサラリーマンの家庭で、駅から徒歩十五分の社宅に住んでいる。

 アパートタイプの四階の自宅に帰宅した俺は、高校にあがってようやく勝ち取った自分の部屋で、ベッドに座って、買っておいた漫画雑誌なんかをめくったりしていた。

 朝方買っておいたのだが、学校から帰ったあと読もうと楽しみにしてたそれは、いっこうに頭に入ってこなかった。

 ただページをめくって、目の前を絵と文字が流れていくのを眺めていた。

「……ダメだ」

 それでも、しばらく漫画に集中しようと頑張ってみたが、無駄だった。

 俺は雑誌を閉じると、ベッドの上に放り投げ、背中からその後を追った。

 バスンといかにも安い音でスプリングが鳴って、視界に見慣れた天井が写る。

「……あー……そっか……俺、今日生まれて初めて告白されたんだ……」

 事実を口にしてみると、なんだか悲しくなってくる。

 生まれて初めての告白が男から……。

 自慢じゃないが、これまでの人生でモテた事なんて一度もない。

 バレンタインに義理チョコ貰うくらいの社交性はあっても、告白なんてはるか遠い夢の島だ。

 そっち方面において、俺はまだコロンブスの卵に頭を悩ませてる段階なんだろう。

 と言うより、誰かを好きになるとか言うのが、実はちょっと良くわからない。

 死語を通り越して、もはや都市伝説となりつつある一目惚れとか、そういうモノは"その時"がくれば分かるもんなんだろうか。

(うーむ……いまいち自信がない)

 俺は、数時間前の卯乃原の表情を思い出した。

 こっちにまで緊張が伝わってきそうな顔は耳まで赤く、潤んだ眼は俺の視線を避けるようにウロウロしていた。

 それでも、その時にはちゃんと視線を合わせてきて、それは怯んでしまいそうなくらい真剣な瞳だった。

 好き、なんて、たった二文字の言葉が、きっとなかなか言えなかった。

(……勇気が要ったろうな)

 他人事のように、そんな風に思った。

 誰かが自分の事を心の大事な部分に置いてくれている。

 そう思えば、なんとなく嬉しい気がしないではないけど。

 それを、自分が受け入れられるか受け入れられないかは、また別問題なわけで。

 まあ、残念と言うか幸いと言うか、今回俺は後者の方で、その上告白バージンの相手が男だったってだけで……。

「あれ?……ちょっと待てよ……」

 そこまで考えて、俺はベッドから飛び起きた。

 突然起き上がった所為で少しだけ眩暈がして、目の焦点が散っていた。

 まぶたに力が入り、瞬きの仕方も忘れたみたいだ。

「……俺、受けられないんだ……」

 言ってみて、それが何を意味するかは考えたくなかった。

 ……あああ、でも勝手に浮かんでくるよ。

 つまり、俺はフッてしまうという事だ。

 あの卯乃原叶を……。

 あの、他校の不良っぽい生徒にジャイアントゴジラなんて、多分ゴジラよりもでっかいものに例えられた男を。

 ……ハトに吐かされた俺が。

 ご丁寧に不幸なイメージが俺に映像を見せ付けてくる。

 ぽわぽわぽわぽわぽわん。



 〜○月×日〜

「えーと、この間の返事なんですけど」

「…………」

「それぇ…で、えー、僕としましては、ですね、やっぱり今までのままの関係が良いと言いますか、そもそも関係も何もないと言いますか、いや、僕なんかホント大した人間じゃないですし、卯乃原君のご期待には添えられないと思うんですけど……」

「それって、俺とは付き合えないって事?」

「いや、凄く言いにくいんですけど、まあ…………はい」

「他に好きなヤツがいるとか?」

「いや、別にそういうわけじゃ……その、ホントに気持ちは嬉しかったんだけど、なんつーか……ほら、俺ら、男じゃん」

「……馬鹿にしてる?」

「そんなん出来るわけないし(ぼそっ)」

「は?」

「い、いや、こっちの話。とにかく、や、やっぱり付き合えないです。ごめんなさい」

「そっか。……それじゃあしょうがないな」

「あ、よかった……」

「出来れば穏便に行きたかったんだけど……」

「え、穏便?」

「付き合えないんだったら、いっそこの手で……」

「そ、そんな極端な世界に生きてるの!?」

「ホントごめんな」

「い、いや、あ、あの、どうして謝りながら、拳をバキバキ鳴らしてるの? ど、どうして、そんな獲物を見つけたときの肉食獣の笑顔なのさ……」

「それはね、お前が赤頭巾だからだよ」

「こ、答えになってない!」

「ま、直ぐ済むから」

「い、いやあああああああああああああああああぁぁぁぁぁああああぁぁぁ」



「……」

 地獄だ。

 それも結構悪い事をした人が行く地獄だ。

 先行きの暗さに俺が乾いた笑いを浮かべていると、ノックがあって襖が開いた。

「ねえ、私アキに英語辞書貸してなかったっけ?」

 返事もしてないのにズカズカ部屋に入り込んできたのは、姉の浮塚うきづか和音かずねだった。

 高校の時の赤ジャージを着て、短い茶髪を後ろで括っている。いつもの家バージョンだ。

 ちなみに、俺の名前は浮塚うきづかあきらと言って、姉ちゃんは縮めて、アキ、と呼んでくる。

「え? 知らないよ。俺辞書なんか借りてたっけ?」

「ううん貸してない。実はさ、さっきから アキがブツブツ言ってて心配だから、見て来いってお父さんが」

 お、おおうっ。

 どうやら今の想像を知らず内に声にしてしまっていたらしい。

 姉ちゃんは後ろ手で襖を閉めると、ベッドの俺の隣に腰掛けた。

「学校でなにかあった?」

「い、いやあ別に」

「ふーん」

 そう言ったきり、じっとこちらを見てくる。

 なんだろう、すごく居心地が悪い。

「あー、ち、ちなみにだけど、俺が言ってた事なんか、聞こえたりした?」

 内心ハラハラしながらそう尋ねると、姉ちゃんは唇に指をあてて、今考えてますって顔を作った。

「うーん……なんか……不穏な赤頭巾ちゃんとか、直ぐ済むとか…………聞いてないよ」

「聞いてんじゃん!」

「いや、だから〜、アキが生まれて始めて告白されたとか、それが卯乃原って男だったとかは聞いてないじゃん」

「ほ、ほごふっ! ぜ、全部聞いてる!」

 俺があまりの恥ずかしさにベッドで身悶えていると、姉ちゃんが立ち上がって頭をぱちんとはたいてくる。

「うろたえるんじゃない! 浮塚アキオ!」

「アキラだよ!」

 俺のつっこみなんか聞いてない感じで、姉ちゃんは両手を腰に当てて胸を張った。

「男に告白されるくらいなんだ! 私なんてしょっちゅうだ!」

「ど、どういう自慢だそれっ!!」

 わけ分からん自慢をした姉ちゃんを枕で殴ろうとすると、彼女はするりと身を交わして襖を開けた。

 そのまま楽しそうに部屋を出てパタンと閉じる。

 ……かと思うと、直ぐに小さく開き、目だけを覗かせた。

「……アドバイスとかいる?」

「要らねーよ!」

 いひょひょひょひょという謎の笑い声とともに素早く襖が閉じて、悪魔めがけて投げた枕は虚しく地面に着地していった。


「一日一話」というのが、意外とフラストレーションが溜まるものでして。

もしかしたら、四話目が三万字くらいの最終回になってる可能性も。

……目先の笑いを取りに行かないように自重いたします。

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