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第二十話 姉と弟

「あいつ……馬鹿だからな」

 諦めたみたいな声。

 少しだけ抑揚を欠いた、卯乃原の低い声。

「……そっか……」

 それから、もう一度、疲れたみたいに、そう呟く。

 多分、無意識に俺の髪を弄りながら、もう一方の手で背中をトントン叩いている。

 俺は、ただ泣く事しかできなかったのに。

「……ごめん」

 卯乃原が何故か謝っていた。

「……なんで、お前が謝ってんだよ……ひっく……うぅ……」

 鳩尾に顔を埋めたままそう言うと、卯乃原はびっくりしたようにガバッと俺を引き離した。

 突っ張った両腕越しに見上げる顔は驚いているようで、信じられないというように口元を押さえていた。

「……い、いや、今の……」



 昼休み。

「なんでもう無いの?」

 呆然と呟く川添の声を、俺は人気の無い屋上で聞いていた。

 世の中食うか食えないかだ、が、信条の(多分)女子高生の手には、大き目のソフトボールくらいの嵩のパンの空き袋が、しっかりと握りしめられている。

 個数にして七個。

 売り上げにしては計七百三十五円を一瞬で胃袋に収めて、川添は戦慄いていた。

「いや、食ってるの見たし」

 呆れながら俺が答える。

「……へへっ」

 ……笑った。なんでだろう、笑った。

 川添は照れたように頭を掻きながら、鼻に絆創膏張った少年のように笑っている。当然キャップは後ろ向き被りで、色は赤。

 馬っ鹿お前、と、脇腹をどすどす小突いてくる川添を無視して、俺はとなりに目をやる。

「……なに?」

 俺達を見ながら、隣のやつは優しい顔で笑っていた。



「……い、いや、今の……」

 口元を押さえたまま、目がキョロキョロと泳いでいる。

「……今の……俺じゃない(・・・・・)

 戸惑いに満ちた表情が、唐突に変化した。

 転瞬の間に、テレビのチャンネルが変わるみたいに、真逆の番組を映し出す。

「ごめん、アキ(・・)

 眉尻の下がった情けない笑顔。

 気まずそうに呟いた声を聞いて、俺は思わず大声で叫んでいた。

「も、もしかして……か、カナ!?」

「せ、正解w」

 wじゃねーよ。



「え、な、なに? ホントにどうしたの?」

 無言で見つめ続けていた俺に、居心地悪そうにカナがキョロキョロしだす。

 顔が徐々に赤く染まりだし、前髪を気にしたりしだした。

 しばらく見ていると、どんなロマンチックを期待してるのか、小さく震えながらそっと目を閉じたりする。

「……あの時の涙返せ」

「全然ロマンチックじゃなかった!」

 至極簡単に言うと、カナは消えていなかった。

 至極簡単に、「私幽霊じゃなかったみたい」と一言説明して。

 その代償が俺のファーストキス。

 返せよ俺の初マウストゥマウス。

 人命救助どころか人を消しかけた俺は、死の接吻(キス・オブ・デス)の称号を免れて内心ホッとしてもいたのだが、それでもなお癒えない傷が残った。

 加えて、もっとややこしい事に……。

「あんたら煩い」

 驚いたような顔をしていたカナの表情が、一瞬で迷惑そうなものに変わった。

「あ、わりい卯乃原・・・

「そっちこそ煩いし」

 俺が謝ると、カナが不服そうに言った。

「ああっ?」

 驚き、迷惑、不満気、怒り顔。

 目まぐるしく変わる卯乃原の表情。

 ……あれ以来、卯乃原の体には、何故か、カナウとカナエが同時に存在するようになってしまっていた。

「ったく、眠ぃんだよ」

「エッチな深夜映画なんか見てるからでしょ」

「あの映画カナが見始めたんだろ」

「ちょ、や、やめてよ!」

「はあ? あんたが見たいって言うの付き合って……」

「やめろー!」

 卯乃原の体の中でどうなってるかは知らないが、二人は本格的に喧嘩を始めてしまった。

 傍から見てると、凄い上手な一人芝居をしているよう。

 密かに二人落語と呼んでいる状況を見ながら、俺は溜息をついた。

 あのあと、困惑する卯乃原を宥めて、カナから事情を聞いた。

 自分で未練だと思っていたものを解消しても消える事はできなかった事。

 気が付いた時には卯乃原の声が聞こえていた事。

 これまで、卯乃原がに居る間、眠ったようになっていた意識が、今は同時に存在している事。

 感覚としては卯乃原の隣にカナが立っているような感じなんだそうだ。

 分かる限り、全ての説明を終えると、カナは俺に向って、意味深に微笑んだ。

「ねえ、アキ! 七ならべで六止めるとか最悪だよね!」

「馬っ鹿あれはだな、戦術として……」

「どういう経路辿ってそこ行った、お前ら」

 ……卯乃原は、あの微笑を見ていない。

 カナは、多分今も諦めていない、自分が消えることを。

 あの微笑みは、"その時"がきた時を見越してのものだ。

 ――弟の事をよろしく。

 彼女の表情にはそんな言葉があった。

 ――”その時”には、支えてあげて。

 俺には及びもつかない決意と笑顔でもって、彼女はやるべき事をやるだろう。……誰に止められたとしても。

 あの微笑に応えられる強さが、俺にあるのだろうか。

 カナが消えたと思ったとき、慰めるどころか逆に慰められた俺に。

(……うーん、はっきり言って自信がないな)

 俺は胸を張ってそう思う。

 ヘタレですからね!

 …………。

 …………でも。

 俺じゃあ支えにはならないかもしれないけど。

(せめて、立ち上がるときに手を貸すくらいは出来るように)

 卯乃原は、沈んでもきっと自分で浮かんでこられるやつだから、"その時"に、直ぐに手を差し出せるように。

 ちょっとは楽に立てるように。

(俺は、少しだけ勇気を出そう)

 ……それくらいは、強くなっていよう。

 空は気持ちいいくらいに晴れ渡り、白い染みとなって雲が流れている。

(それに……まだ諦めたわけじゃないし)

 その行方を視界の片隅で追いながら、喧嘩を続ける犬とゴジラを前に、俺はそんな風に思うのだった。



 ……なんて、決意した手前、言いにくいんだけど。

 …………あの、ホント、そろそろ小突くの止めてもらえませんか川添さん。

 どすどす。

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

お疲れ様でした。

いかがだったでしょうか?

感想等頂けると嬉しいです。

よろしくお願いします。


追伸

オマケを用意しました。

よければそちらも御覧ください。

それでは、失礼します。

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