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第十七話 人差し指の長所

「だ、だから、アキ、目、瞑って」

「………………………………は?」

 言っている意味が分からなくて、俺は、思わずカナを見た。

 突然、何を言ってるんだろう。

「えと、なんで?」

 わけが分からずに俺が訊ねると、カナは先ほどのように指先をつんつんやりはじめた。

「だ、だって、目を瞑んなきゃ、き、き、き、キスできない」

 ほの紅に顔を染めて、語尾が曇り、声も驚くほどか細い。

 いや、瞑らなくても出来ると思うけど……。

 じゃない、違う違う違う。

「き、きすぅ?」

 これが俺の声かと思うくらい、甲高い声がでた。

 屋上のフェンスに止まっていた鳩が、バタバタと羽ばたいて逃げていく。

 期せずして意趣返しの成った俺は、しかし、呆然とカナの顔を見つめていた。

 きす?

 きすってあのきす?

 いや、あのきすってなんだ?

 あれ? きすってなんだっけ?

 混乱しながら、頭の中できすの意味を検索。

 ……なぜか以前追っ払ったはずのホリフィールドさんちの子が顔を出した。

 違うから、呼んでないから。

 屈強なボクサーを再び追い払い、再度きすの検索にかかる。

 キス――1接吻、口づけ。2ビリヤードで一度触れた球と再び触れあうこと。

 1はともかく、2の知識はいつ仕入れたんだ。

 いや……今はそれは良い。

 キス、接吻。

 もう少し正確に言うなら、ファーストキス。

 もっと奇天烈きてれつに言うなら、はじめてのちゅー。

 頭の中に理解が広がると、俺の体は自然と動いていた。

「い、いや〜、それは流石にどうだろう、あは、あはははは」

 口からは逃げ口上が浮かび、踵がズリズリ下がって、誤魔化すみたいに顔は笑っていた。

 体を仰け反らせるようにしながら頭を掻いていると、肘に金網が当たった。

 やばい、これ以上下がれない。

 横に退路を求めると、目の前を何かが遮った。

 ガシャンという金網が鳴る音と共に、それがカナの腕だと分かる。

 そう気が付いた時には、後ろからも同じ音が。

 どうやら、ゲートは両方閉じてしまったらしい。

 視界に影がかかり、押し出すように、カナ――卯乃原の顔がアップになる。

「だ、大丈夫、天井のシミ数えてる間に終わらせる」

「ここ、屋上だから」

 屋根の上と書いて屋上。

 果てのない青空の下、見上げる景色のどこにも染みなんて見当たらない。

 というかあったらいやだ。

 今時のヤツらは(いや、俺もだけど)、キスくらいなんでもないようにしてるのかもしれない。

 クラスメイト達から聞くそういう話の中には、男女問わずキスどころではないくらい過激な内容も含まれていたが、だからって、俺がそういうのに慣れているかと言われればそれはまた全然違う話なわけで。

 それはカナも同じらしく、真っ赤な顔で、余裕のない呼吸に、目は血走っている。

「大丈夫大丈夫、痛くしないから、優しくするから、あっという間に終わるし」

「そ、その言い方なんかイヤ!」

 息も荒く強引に唇を突き出してくるカナに、両手を突っ張ってなんとか抵抗する。

 想像通り、卯乃原の力は強かったが、こっちだって初キスがかかっている。

 カナに思うところはなくても、肉体は卯乃原のものなのだ。

 近くで見ると、卯乃原は思ったより清潔感のある顔立ちをしていて、一般的にイケメンって呼ばれるタイプに見える。

 しかし、俺の体の方がそれを喜ぶようには出来ていない。出来ていてたまるか。

 しばらく無言の攻防を続けたあと、どちらからともなく地面に膝をついた。

「だったら、どうしたら良いの?」

 肩で息をしながら、カナが訊ねてくる。

「い、いや、そんなん分かんないけどさ、こんな理由で、き、キスするのはイヤだ」

 それに、と、少し躊躇いながら、俺は続ける。

「カナとここでお別れなんてのもイヤだ」

 そう言うと、カナが顔を上げた。

 驚いたような表情は、一瞬で悲しそうな笑い顔になる。

「…そん、な事、言わないでよ」

 カナはつっかえながら、誰にも伝える気がないみたいに小さく呟いた。

 辛そうな声に、俺は逆に背筋を伸ばす。

 多分、カナは覚悟してたんだと思う。

 俺にあのメモが見つかった時点で……。

 その決意を……俺が不意にした。

「だからさ、これからいっしょに考えればいいだろ。みんなが満足できる方法。カナも、卯乃原も、俺だって力になるし。どうしたら良いかなんてわかんないけどさ、今結論出す必要もないんじゃないの」

 だから、精一杯笑って見せた。

 俺を好きだって言ってくれた女の子に、半分くらいは自分に向けた言葉と一緒に。

 今の状況で、彼女の気持ちを受け入れられるかどうかは分からない。

 けど、分からないって事は、今すぐ答えを出す必要もないんだと思う。

 目の前にある色々な事実は手を出しようがないくらい強くて、しかも、俺の言ってることなんて、問題を先延ばしにしてるだけの事だけど……。

「俺ね、言いたかないけど、かなりヘタレなんだわ。辛いのからも痛いのからも逃げちゃうし、だから、ここでお別れなんて、絶対無理」

 泣きたくなる位情けない言葉を、精一杯ココ1の顔を作って、俺は言い切った。

 ポカンと口を開けていたカナの表情が、ゆっくりと変わる。

 彼女にしては控えめで静かに、

「……そんなの、もう知ってる」

 それでも、笑いながら、人差し指を折りたたんだ。


残りあと三話です。

現在最終話の修正中。

やればやるほどワケが分からなくなっていきます。

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