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第十五話 彼女の好きなピエロ

 チャイムが鳴って、昼休みが終わりを告げた。

 それでも、俺達は屋上の金網に背もたれて座っていた。

 カナのチョークスリーパーからなんとか一命を取り留めると、むせている俺に彼女は手を差し出してきた。

 さすがにどういう意味かはもう分かる。

 俺が黙ってそれを握ると、彼女は嬉しそうに笑った後、その場に腰掛けた。

 勢い良く手をひかれて、よろめくようにその場に腰をおとした。

 それから、もう五分くらい黙ったままこうしている。

 高校に入学して半年、初めて授業をサボった。

 コクハクと言い、サボりと言い、なんだか、ここ二三日、初めてづいてる。

 風が吹いて、日が陰った。

 空気は冷たかったが、触れている部分がほんのり暖かくて、寒くは無かった。

(もし、今誰かがここに入ってきたらどうなるんだ?)

 ノブの無い扉を見つめながら、そんな風に考えた。

(……まあ、そんなんどうでも良いか)

 ふっと笑うと、不思議そうにカナが見てきた。

 俺は首を振って、それから頷いた。

「カナは、どうして俺にコクハクしてくれたの?」

 唐突な質問でも、聞いてみたかった事だ。

 カナはしばらく俺の顔を見ていたかと思うと、なんでもないように言った。

「好きだから」

「い、いや、だから、そうじゃなくて、お、俺のどこを好きになったの?」

 うわー恥ぃ質問。

 そう思ったが、それでも、照れ隠しに頬を掻きながら俺は訊ねた。

 カナは、え、と言って、パチッと音がしそうな瞬きをして見せた。

「だって卯乃原、えーと、カナエの方だけど、から聞いたんだけどさ。なんかカナの部屋にプロレスラーのポスターが飾ってあったって……」

「あいつ……」

 少し赤面しながら、唇を噛む。

「俺は、どちらかと言えばプロレスラータイプじゃないし、てか、むしろ多分正反対くらいの位置にいると思うし。それなのに、どこがカナのお眼鏡に適ったのかなって……」

 カナは、卯乃原がばらしたのがよほど悔しかったのか、赤い顔のまま彼に対する文句をブツブツ言っていた。

 それでもしばらくすると、何も言わずゆっくりと左手を開いた。

 繋いでいた右手も離して、人差し指を自分の左手の親指にあてる。

 それから、俺のほうを見て悪戯っぽく笑った。

「アキって授業中さ、浦西の横から顔出して黒板見てるでしょ?」

「え、あーうん」

 俺が頷くと、カナの笑みが深まった。

 浦西は、柔道部所属の、卯乃原や川添とはまた違ったタイプの体の大きな生徒だ。

 授業中、浦西の後ろの席の俺は、あいつのでかくて丸い背中の所為で、黒板がまったくと言って良いほど見えない。

 そのため、業務用大福みたいな(そんなもんがあるかどうかは知らない)背中の左右を狙って、顔を出して黒板を見なければならなかった。

 日照権の侵害、と、俺は密かに呼んでいる。

 ただ、まさか、そんなところを見てるヤツが居るとは思わなかった。

 カナは親指を折って、今度は左手の人差し指に指を持っていく。

「あと、鉛筆回しができない」

 ぐっ、そ、それは、指先が不器用だから……。

 いつだったか、川添が授業中にやってるのを見て真似してみた事がある。

 指の先で、器用にくるくるシャーペンを回してるのがやけに様になってて真似したくなったんだけど、結果は浦西の背中に俺のシャーペンが突き刺さっただけだった。

 教室が震えるほどの悲鳴が上がったのは懐かしい思い出だ。

「それに……」

 カナは指折り数えながら、俺自身知らなかったような俺の癖なんかを、事細かに上げていく。

 言われて、ああ、そんな事もあったな、とか、そんな癖があるのか? なんて思うような。

 入学して半年、カナにとってはたったの二ヶ月の事。

 それだけでなんだか丸裸にされた気がする。

 ……ていうか、これ何の罰ゲーム?

「それから……」

「え、えーと、そのあたりで……」

 俺は居た堪れなくなって、立ち上がってカナを止めた。

 顔全体が熱い。

 これ以上何か言われたら、情けなくて多分卒倒してしまう。

 少し不満そうにしながらも、カナはやめてくれた。

 指折りは既に二往復半位していた。

「この体ってやたら大きいでしょ。だから最初にアキを見たとき、カナエはこんな風に私のこと見てたんだって、面白くて見てたの」

 見てたって……ピエロっすか、俺ピエロっすか。

 死人に鞭打つような事を明るく言い放って、カナは続ける。

「だけど、そうやって見てるうちに、今言ったみたいなアキの良い所が少しずつ見えてきたんだ。それで、いつの間にか、気が付いたら」

 少し照れたようにカナは笑った。

 写真の中の彼女の笑顔と同じ。

 明るくて、自分で光ることの出来る星のような。

 それにしても……彼女は、良い所をあげてくれてたのか。

 とてもそうは思えなかったな……。

「だから、どの指の時に好きになったのかは忘れた」

 笑顔のまま、俺に見せびらかすように手を握ったり開いたりした。

 グー、パー、グー、パー。

 グーで止めたまま、控えめに頬が染まる。

「そ、そう……。そ、それにしても卯乃原が良く納得したね」

 ストレートに気持ちを伝えてくれる彼女の言葉は、嬉しい反面ダメージも大きい。

 矛先をそらすつもりで、若干引き攣った笑顔で俺は訊ねた。

 真正面から好意をぶつけられて、平気な顔をしていられるほど俺は強心臓じゃないし、こなれてもいない。

「うん」

 頷いて、少しだけ笑顔がかげった。

 そんなカナの顔を見ながら、俺は場違いに、ああ、と納得してしまう。

 彼女の表情は、彼女の感情そのものなんだ。

 嬉しい事があれば、笑顔に。

 哀しい事があれば、顔を俯け、涙まで浮かべて不安を隠そうともしない。

 本当に子犬みたいに。

 喜びや悲しみを体一杯で表現する。

 彼女の真正直な性格に俺は素直に好感が持てた。

 そんな風だから、彼女がこれから言おうとしていることには、それなりの影があることが分かった。

「アキの事が気になりだした頃に、その事をカナエに伝えたの。私、こんな状態で自分がなんなのかも分からないし。だから、最初はアキに気持ちを伝えるつもりもなかった。でも、やっぱり自分がこんな気持になったってことだけは、誰かに知っておいて貰いたくて。それで、カナエにメッセージを残したの」

 頭の中に、柔らかい可愛らしいひらがなが浮かんだ。

「『きになるおとこのこがいる』って。そしたら、なんて返ってきたと思う?」

 そんなの分かるわけがない。

 ただ、もし俺が同じ立場だったらと考えると、とりあえず、相手が誰かが気になるかも。

 自分が知ってるやつなのか、それとも全然知らないやつなのか。

 あとは、やっぱり諦めて欲しいと思う……んだと思う。

 相手が男な以上は、俺の体で思いが遂げられてしまうのは、それはとても困る。非常に困る。

 叶わなかったとしても、噂になっただけで一大事だ。

 俺が黙ったままそんな事を思っていると、カナも返事を期待していたわけではないらしく、直ぐに答えを教えてくれた。

「『だったら、告白しろよ』って」

「うわ、すげーな」

「うん」

「……それで、コクハクしようって?」

「うん。……でも、ちょっと違うかも」

 カナは初め言葉で半分肯定しながら、首は横に振っていた。

「私も初めは単純に喜んだんだけど、良く考えたら告白するのってこの体でなんだよね」

 顔を上げて俺を見上げる。

 どこまでも澄んだ瞳が、少しだけ居心地を悪くさせる。

「アキは告白されてどう思った?」

 ……凄く、悲しかったです。

 初めての告白が同性からってのは、男にとって凄く悲しい事なんです。

 いや、勿論女の人も同性からの告白はイヤかもしれないけど、そこには、男のそこはかとない幻想が漂ってる。……なんか甘くてピンク色のやつが。

 あとは、自分の気にしている部分を指摘されたようで、凄く情けなくもなった。

 男らしいとは言えない自分の容姿を、ちっちゃい頃から姉ちゃんにからかわれていたから、ちょっとしたトラウマみたいになっていた。

「あー、ちょ、ちょっと、戸惑ったかも」

 まさか、そんな事をぶちまける勇気は俺には無くて、そう言葉を濁した。

 それでも表情から行間を読み取ったのか、カナが苦笑する。

「だよね」

 そう言って、カナは立ち上がった。

 眼の高さにある金網を握って、町の景色に眼差しを向ける。

 視線の先に、煙突があった。

「私はともかく、体や見た目は"卯乃原叶"なんだよね。普通、男の子が男の子に告白ってオカシイと思うよね。なのに、カナエは告白しろよって言ってくれた」

 言われて、卯乃原と初めて言葉をかわした日の事を思い出した。

 ――あのな、これから俺の事カナって呼べ。

 あれは、カナウの為の言葉だったわけだ。

 俺は、改めて卯乃原叶という人間を見直していた。

 他人から、どんな風に思われようと関係ない。

 命を懸けるようなことではないが、カナのために自分を捨てられるんだ卯乃原は。

 いや、そんな意識すらないのかもしれない。

「良いやつ……優しいやつだな」

 素直に出た言葉だった。

 カナは嬉しそうな笑顔で頷いた。

「そうだよ。だから、アキに告白しようって思ったんだ」

 う、ん? それって何かおかしいような……。

 なんだか微妙に話の繋がりが変な気がして、俺はカナの方を向いた。

 彼女は、逃げるように、目線を再び町の景色へ逸らす。

「さっき、自分がなんなのか分かんないって言ったでしょ。でも、逆に言えば、幽霊の可能性もあるって事だよね。それなら、未練みたいなのがなくなれば……」

「………それって」

 頭の天辺に雷が落ちたような気分だった。

 体の中心が痺れて、いうことを聞かないような。

 カナがこちらを振り返る。

 表情は申し訳無さそうな、先程よりも曇った笑顔。

「ごめんね。……私、消えるためにアキに告白したの」


クサイ台詞やシチュエーションを考えるのは楽しいんですが、人目に晒すとなると及び腰になってしまうのも人情。

時間の壁を越えて黒歴史化するのはあっという間ですから、やりすぎるととんでもない事にもなりかねませんので、自分なりに気をつけてはいます。

という訳で……あとは勇気だけだ!!(ダメじゃん)

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