第十四話 口の中で三度
舌で少しだけ唇を湿らせて、咳払いをする。
「えーと、昨日あのメモを拾って、一晩中考えたんだ俺なりに。あのメッセージはどういう意味なんだろうって。でも、いくら考えても良く分からなかった。だって、最近初めてちゃんと喋ったのって卯乃原くらいしかいなかったし、どう考えても卯乃原があのメッセージを残すのはオカシイし。それに、色々様子おかしくてワケわかんないところがあったろ。それで、今日授業中にちょっとうとうとして、その、ちょっと事情があって、昨日一昨日と徹夜してたから……」
後半にかけて言葉尻が小さくなる。
さすがに本人を目の前にして、お前の事を考えてました、何て言えるわけが無い。
この場合、相手がカナウだったとしても、ちょっとシスコン入ってるような卯乃原が、それで怒らないとも限らない。
俺のヘタレは、どうやら骨の髄まで浸透してるようだ。
「とにかく、その時に、夢見たんだ。卯乃原があのメモを誰かに渡してたんだけど、その受け取ったやつも何故か卯乃原で。それで、ああなんだって思った。あれは卯乃原が卯乃原に宛てたメッセージだったんだって。そしたら、それが妙にしっくりきちゃってさ。そう考えたら、一番可能性がありそうなのは、多重人格だろ。自分でも飛躍しすぎな気はしてたから、ちょっと、カマかけてみたんだけど……怒った?」
メモの様子から見て、カナウは俺に全部話してくれるつもりだったらしい。
卯乃原もそれに賛成していたし、俺も頷いたはずだ。
なのに……。
怒られたって仕方がない。
恐る恐る卯乃原のほうを窺うと、真剣な顔でこちらを見てた。
「…………マジで女みたいだな、あんた」
「そうなんだ、おん…………は?」
急に何言ってんのこの人?
まじまじと俺の顔を見ながら、思わずという風に呟いた。
どうやら怒ってないようだから良かったが、気にしている部分を刺激されてこっちが怒りそうだった。
そんな俺の表情を見て、卯乃原が首を振った。
「いや、そうじゃなくて。昔にカナの家に遊びに行った時に、あいつの部屋でよく知らねープロレスラーのポスターが飾ってあったから。なんか相手に噛み付いてるヤツ」
また、随分凄まじい瞬間を収めたポスターだ。
「そ、それは……噛み付かれてる人のファンだったとか?」
「そんなの飾るヤツいんのか?」
……いないと思う。
「だからさ、あんたがウキヅカアキラだって分かった時、不思議だったんだよな。顔可愛い上に小っさくて細いヤツだったから」
そ、そりゃあ、プロレスラーと比べられると、俺が同じタイプの人間でない事くらいわかってる。
それでもそこまで言う事はないんじゃないだろうか。人をモヤシボーイのように。
必死で湧き上がってくるムカムカを抑えていると、事も無げに卯乃原は言った。
「だから、まあ、その辺含めて、諸々本人に聞いてくれよ」
あっけなくそう言うと、金網に頭を預けるようにして、卯乃原は目を瞑った。
「え、い、いや、俺まだ心の準備とか」
「今替わるわ」
そんな、おばあちゃんから電話が掛かってきたんじゃないんだから。
俺の内心なんか気にした様子もなく、卯乃原は目を瞑ったまま黙りこくった。
集中しだしたようなので、邪魔するのも憚られて、仕方なく俺は膝を抱えて待つ事にした。
待つ事約二分。
ぱちりと卯乃原の目が開いた。
キョロキョロと辺りを見回し、俺を見つける。
顔から手に視線が移っていき、やがて、手の中にある写真とメモを見つけると、がっくりと項垂れた。
「え、えーと……カナ?」
体育座りに顔を埋めた、卯乃原……カナに向かって声を掛けてみる。
布に顔が擦れる音を立てて、小さく首が縦に動いた。
「……ひゃい」
弱々しくカナが返事をした。
「えーと、聞きたいことがあるんだけど、いい?」
俺は立ち上がって、そう訊ねた。
金網に触れようとして、やめる。
黙ったまま、カナが頷く。
「あー、き、キミは幽霊なの、か、な?」
実は、そのことを何より先に訊ねたかった。
ヘタレとビビりは、決して同義語じゃない。
けれど、一人の人間の中に同居してる事は多い。
多分に漏れず、彼らは俺の中でルームシェアをしている仲だった。
俺にとって結構深刻な質問に、カナは首を横に振ってくれた。
ホッと胸を撫で下ろしかけた時、か細い声で、
「わかんない」
と、呟いた。
「そ、そうなんだ」
「……幽霊だと嫌?」
膝から顔を離して、カナが不安そうに見上げてきた。
写真を見た所為か、卯乃原の顔だというのにその表情が妙に儚げで可愛く見えるから困る。
「い、いや、そんな事無いけど」
俺は視線を逸らしながらそう答えた。
ドキドキしそうな自分に危険を感じたからだけど、たちまち泣きそうなカナの声が返ってきた。
「じゃあ、やっぱり黙ってた事怒ってるんだ! だから目ぇそらすんだぁ!」
「ち、違くて!」
あほーとか叫びながら、殆ど泣いてるカナに慌てて首を振る。
目が合った。
写真の女の子とは体の造りが大きく違う。
けど、双子というだけあって二人の顔には似てるところが多くあった。
今にも涙が零れ落ちそうな潤んだ瞳、長い睫毛に滴が微かに絡んでいて、思わずくらっと来そうになる。
い、いや、落ち着け、落ち着くんだ、浮塚晶。
お前らしくないぞ、冷静に、冷静に。
いくら表情が可愛くても、目の前にある体は男なんだ、男、男、男。
口の中で、三度そう唱えてみる。
手の平に書いて飲み込む気にはなれなかった。
不思議と少し落ち着いた気がする。
俺は微妙に視線をずらしながら、カナに微笑みかけた。
「そんな事無い。ちょっと驚いたけど、怒ってなん…きゃああああぁぁ」
怒ってなんか無い、そう言いきれない内に、カナが俺にガバッと抱きついてきた。
中腰でピッタリ首に腕を回せる自分のサイズが悲しいけど、首の骨が、それどころじゃねえっすと悲鳴を上げた。
「うれしい!」
「……く、くるし……ぃ」
感極まったような声で叫ばれながら、ギリギリ締まっていく首への負荷に、さすが卯乃原、と変な感心の仕方をしてしまう俺がいた。
どうやら、予定通り二十話で収められそうな感じです。
それまで良ければお付き合いください。




