第十三話 双人の写真
沈黙を厭うように、おせっかいな風が吹いた。
急かされるようにして、雲が足を早くしている。
俺は前髪を押さえて、吹かれるのから守った。
卯乃原だけが動じなかった。
ジッとこちらを見ていたかと思うと、ぐいっと口の両端が持ち上がる。
……虎が笑ったらこんな感じなんだろうなー。
それも、チャレンジ島とかあの辺りに生息するヤツじゃなくて、インドの奥地とかにいそうな容赦ない感じの種類。
犬歯をむき出しにした、グワッて感じの笑顔だった。
そんな事を考えていた俺の目の前で虎が吼え――いや、卯乃原が言った。
「卯乃原叶」
一見何の変哲も無い自己紹介は、一瞬俺の心臓を凍りつかせた。
「じゃあ……」
俺がそれ以上言う前に、卯乃原は内ポケットを探って、クシャクシャになったメモと一緒に一枚の写真を取り出した。
黙ったままそれを差し出してくる。
両方受け取って、まずは皺くちゃになっているメモのほうから開いてみた。
『ウキヅカアキラに会った フォローしとけ』
そう書かれているのを確かめて、裏面に目を通す。
角の柔らかい丸っこい字の、これも二列の文章だった。
『このかみみられたひ
るやすみにぜんぶはなす』
わー、すっごい読みにくい。
文字は全部ひらがなで書かれている上に、改行もオカシイだろこれ。
判別に少し時間がかかったが。
――この紙見られた 昼休みに全部話す。
で、多分あってる。
もう一度裏返して、表の文字を見つめる。
一見しただけで、明らかに書かれた手が違うと分かった。
それを一応二つ折に畳みなおして、今度は写真を見る。
大きな建物の前で、二人の人物が写っている写真だ。
一人は、私服姿の卯乃原。
青系のシャツがやけに爽やかな感じで、溜息をつく前みたいな表情で、カメラから顔を背けてそっぽを向いている。
今より少し髪が短く、表情さえ見なければ普通の好青年といった印象。
もう一人は、小柄な女の子だった。
肩くらいまでのショートヘアを茶色く脱色している。
女の子らしい、なんだかフワフワした丈の短いワンピースにスパッツみたいなのをはいていた。
薄ピンクの裾が、花びらみたいに舞っている。
彼女は、嫌がるように肘を張った卯乃原に腕を絡めて、カメラに向かってピースサインを向けていた。
体格差がある所為か、なんだか飼い主にじゃれつく子犬のように見える。
天気予報のお日様のマークみたいな笑顔が可愛くて、彼女の明るいオーラが写真からでも伝わってくるみたいだった。
「それ、去年の今頃に水族館で撮った写真」
ポツリと卯乃原が言った。
「すごい仲良さそう」
「まあ、確かに仲は良かったけど。どこ行っても写真撮ってて、そん時も一緒に撮ってくれって随分ねだられたわ」
仲は良かった。
過去形。
その一言が、耳に残った。
卯乃原はどこか遠い目をして続ける。
「それ撮ってから、一ヵ月後くらいだったか……死んだ。交通事故で」
半ばくらい予想していた結末に、俯くように俺は写真を見た。
元気がよくて、明るくて、どこでも写真をとりたがって、ワンピースが良く似合ってる、笑顔の可愛い、俺たちと同じくらいの歳の女の子。
彼女は、もう生きてはいない。
「…………名前、なんて言うの?」
どうしても知りたくなった。
「……卯乃原カナウ。俺ら双子だったんだ……まあ、あいつは自分が姉ちゃんだって言い張ってたけど」
そう言って、卯乃原は静かに笑った。
「うちの親が離婚して、向こうが母さんと、俺は親父と暮らしてたんだ。けど、お互い疎遠にはならなくて、週一くらいで家に遊びに来てた。そん時も家に遊びに来る途中で、車で迎えに行った親父と一緒に」
去年の出来事。
まだ、一年もたっていない。
俺はもし姉ちゃんが死んだらって考えようとして、首を振った。
考えたくも無い。
卯乃原は、淡々と語り続ける。
「雨が降ってたのは覚えてる。今日出掛けるとか言い出したらどうっすかなって考えてたら、電話が掛かって来た。出てみたらカナで、遊園地に行くから用意しとけって、アホかっつったら、自分は晴れ女だから大丈夫だって、だから、そういう意味じゃないって言った」
こんなに喋る卯乃原を俺は初めて見た。まあ、殆ど喋った事ないんだけど。
昨日見たつまらないテレビの内容を話すみたいに卯乃原は続ける。
「そしたら、それから三十分後くらいだったか、事故ったって警察から電話があった。その後、病院行ったら母さんがいて、二人が死んだのを聞いた。葬式が終わってから、俺は母さんと暮らす事になって。イマイチ、カナが死んだって実感も湧かなかったけど」
そこまで話して、スーッと一度深呼吸した。
俺の顔を見て、再び口を開く。
「それからしばらくして、変なことが起こった。時々さ記憶がなくなんだよ。意識がなくなるって言った方が良いのか? 考えているうちに見つかるような感じじゃなくてさ、その部分だけ記憶がスッと抜けてんだ」
卯乃原はいつの間にか座り込んでいた。
やり場のない感情を振り払うように頭を掻くと、写真の頃より幾分長くなった髪先が不規則に踊る。
それを見ながら、俺も隣に腰をおろした。
「それでその間の事を母さんに聞いても、なんだか良く分からないって言うし。ショウガナイからほっといたんだけど、それからしばらくして、テレビで多重人格ってヤツの特集やってたんだ」
多重人格。
その単語を聞いたときドキッとした。
俺は片膝を引き寄せて、抱え込む。
その姿勢のまま卯乃原を見た。
目が合って、にやりと笑われた。
「テレビに出てたそいつも、俺と似たような状態だった。俺は半信半疑で、昨日みたいにメモに『お前誰だ』ってメッセージを残して一日中手に握ってた。……忘れもしない。夕飯食った後記憶が無くて、気が付いたら一時間くらい経ってた。俺は慌ててメモを確認した。そしたらそこに……」
――卯乃原カナウ。
卯乃原は手を開くジェスチャーをして見せて、それからまた笑った。
「それ見たときは、さすがにゾッとした。俺自身多重人格なんてそこまで信じてなかったし。もしかしたらくらいのつもりでやってたし。まあ、その後噴いちまったけど」
「は?」
ていうか、卯乃原が噴く所なんか想像出来ないんだけど。
「ああ。カナの名前の下に『ごめん、どうしてもみたいドラマがあったから』って」
「ぶっ」
俺は噴出した。
笑っちゃ悪いと思ったけど、卯乃原は怒らなかった。
あんまり日常会話すぎる。
「そ、それって…」
「ああ。けど、それで俺は何となく信じられるようになった。それにどうでも良くなった。それからはお互いメモでメッセージを残して会話するようになって、慣れると住み分けし始めた。高校にはカナが行って、それ以外は俺、みたいに。そこそこ自由に入れ替われるようにもなった」
あー、だから、最近ちょっと大人しくなったんだな。
それも、カナが授業を受けていたと考えれば頷ける。
真面目になった時期を考えると、入れ替わり始めたのは二ヶ月くらい前からだろう。
そもそも、卯乃原が荒れてたのだって、カナウが死んでしまった寂しさを紛らわせるためかもしれない。
卯乃原とは中学が違ったから、俺に噂以上の情報はない。
だから、もしかしたら、関係なく乱暴なのかもしれないけど。
「それで?」
「はい?」
俺はすごくマヌケな声で返事をした。
卯乃原はもう笑っていなかった。
それでも表情からは、固さや険しさが消えている。
「だから、あんたはいつ気がついたんだよ。俺らのこと」
サブタイトルがほぼネタバレ。
もう少し考えなきゃダメですね。




