ワウチ帝国の終焉
俺達が帰還してしばらくすると、予定通りグリフィス王国からの報告によって、ワウチ帝国の悪事が公になった。
今までは、彼らの悪事は公然の秘密のような扱いだった。
もし彼らの悪事を公の場で指摘すると、自らの国家が標的になりかねないために、どの国家も沈黙を保っていた。
しかし今回、キグスタと言う常識を覆す力を持つ者が所属する新国家のグリフィス王国が、世界に向けて堂々とワウチ帝国を批判した。
この世界の歴史的快挙と言っても良い出来事であったのだが、他の国家は、ワウチ帝国とグリフィス王国との闘いの巻き添えにならないように、静観を貫き、距離を置いていた。
それは、グリフィス王国が新興国家であり、元はと言えば、ソレッド王国の辺境伯が集まって興した国家だと知れ渡っていたせいでもある。
つまり、キグスタの力についての情報を得ておらず、ワウチ帝国を黙らせるほどの圧倒的な戦力を有しているとは知らなかったからだ。
一方のワウチ帝国。
他の国々から見れば、諸手を上げてグリフィス王国に賛同の意を示したいと思われている程の、悪徳国家としてその名を轟かせている。
そのワウチ帝国が、グリフィス王国の発言に対して一切反論しなかったのだ。
各国の元首は驚きつつも、異常事態が発生していると即座に判断し、諜報活動を始める事になった。
その諜報活動の対象国家であるワウチ帝国。
今までの皇帝の居城は、権力、財力、そして武力の象徴であったのだが、今は恐怖の象徴となっている。
そう、ワウチ帝国の上空を、伝説級と言われている龍が、五体も悠々と泳いでいるのだ。
各個体のそれぞれの力は未だワウチ帝国で発揮されていないが、クシャミ一つで皇帝の居城とその周辺を焦土にできる程度の力は有る。
実際龍達は、至高の主であるキグスタの命令なしにそのような事態を引き起こすわけにはいかないので、自らのくしゃみ一つにも最大限の注意を払っている。
詳しい力までは理解していないワウチ帝国の面々も、確実に命の危機に瀕している事はわかっているので、一時期は、我先にと出国しようとしていた。
しかし、出国しようとしている面々を認識した龍達は、門を塞ぐように陣取り、一鳴きした。
それだけで、かなりの民家は崩れ去り、一部の防壁も部分的に破壊されてしまった。
龍達にしてみれば、少々脅すつもりで軽く声を出しただけなので、これほどの被害が出るとは思っていなかったようだ。
一方、一刻も早くこの地獄のような環境から避難しようとした人々は、帝国から出る事ができないと絶望していた。
もちろん龍達のこの行動は、ソレイユの指示、元をたどれば、キグスタの指示によるものだ。
この龍達が現れてから、居城の窓から忌々しい表情をしながら龍達を見ていた皇帝ナバル。民や一部の貴族が避難しようとしている所を、明らかに阻害した龍達の行動も見ていた。
「まさかとは思ったが、完全に我らの行動を制限しようとしているのだな」
キグスタ一行が、誇張でもなんでもなく、高ランクの魔獣達でワウチ帝国を包囲できる実力を持っていると理解した、皇帝ナバル。
そのような状態に置かれているので、グリフィス王国からの手痛い指摘に対して反撃する術を一切持っていなかったのだ。
既に諜報活動を開始していた各国は、原因は不明であるが、ワウチ帝国の上空に龍が滞空しているのを確認している。
遠目からでも確認できるほどの巨体であるので、危険を冒してまで近づくような事はしていない。
そのおかげか、各国は、今までのワウチ帝国の反撃を恐れて無理やり滞在を許可させられていた、ワウチ帝国に所属する軍人や役人を追放し始めた。
もちろんワウチ帝国所属の面々は何かと難癖をつけて各国から金品を搾り取っていたのだから、こうなってしまっては、誰からも庇われる事もなく、追放されるのも一瞬だった。
当然、突然追放された面々は事情も良く分からないまま母国であるワウチ帝国を目指すが、全員が母国上空に漂う龍を見て全てを理解し、帰国する事を諦め、身分を明かさないまま、ただの商人、冒険者等に偽装して第三国で生活をしていた。
もちろん今までのように贅沢な生活できる訳もなく、命の危険を冒して日銭を稼ぐか、辛うじて持ち出した装飾品を売りさばき、細々と生活するしかないのだ。
こうなると、ワウチ帝国は、最早国としての威厳や品格など有ろうはずもなく、キグスタの再訪を待たずに、ワウチ帝国の皇帝ナバルは、グリフィス王国に対して公に謝罪し、無条件での降伏を受け入れる旨を世界に告げた。
世界は、ワウチ帝国が龍の滞留による被害を受けている事を把握しているので、やがて何かしらの動きがあるだろうとは理解していたが、突然グリフィス王国に対して降伏するとは思っていなかった。
だが、この発表から、全ての国家は、この龍をワウチ帝国に差し向けたのはグリフィス王国であると理解したので、グリフィス王国は各国から恐れられ、龍召喚の方法を探られ、と、余計な騒ぎになってしまった。
「思った以上に折れるのが早かったなぁ」
キグスタは、自宅の個室でヨハンに告げていた。
「常に攻撃で優位に立っていた者程、防御は脆いものです」
なるほど、と頷いたキグスタは、ヨハンと共にグリフィス国王の謁見の間まで転移する。
もちろん、突然訪問するわけではなく、あらかじめ呼ばれていたからだ。
「グリフィス様、お待たせしました」
「いやいや、何から何まで手助けしてもらって申し訳ない、キグスタ殿」
突然転移してきたにもかかわらず、慌てずに迎え入れるグリフィス国王。
「キグスタ殿のお力で、あの無法国家との決着も何の被害もなく終える事が出来ました。ありがとうございます。それで、今後なのですが、あの皇帝や準ずる貴族達は全員犯罪奴隷として、このグリフィス王国で使い潰す予定です。もちろん、カンザも含まれます。そして、吸収されていた国家には独立を認め、完全に立ち直れるまでは援助しようと考えているのですが、いかがでしょうか?」
「えっ、いえ、グリフィス様のやりたいようにされれば良いかと思いますが?」
突然、政に対して許可を求められたキグスタは、驚いてしまう。
だが、これは、とある頼み事の伏線だったのだ。
「ですが、我らはキグスタ殿の力を借りる一方で、何の恩も返せておりません。なので、是非ともキグスタ殿には名実共にグリフィス王国の代表となって頂きたく、お伺いした次第です」
「いやいや、ちょっと待ってくださいよ。俺なんかがそんな事できる訳ないじゃないですか!!」
当然キグスタは激しく拒否するが、グリフィス国王は引き下がらない。
この手の交渉は、元辺境伯として、長く貴族の間で技術を磨いていたグリフィスに軍配が上がる。
「わかりました。それではこのグリフィス王国については、不本意ではありますが、引き続きこの私が担当させて頂きます。ですが、元ソレッド王国の王都周辺、もちろんキグスタ殿の故郷であるナルバ村も含みますが、こちらは統治をお願いいたします。私では、既に手が回らないのです。もし、キグスタ殿がグリフィス王国の代表になって頂けるのであれば、私がそちらの担当を受け持ちますが、如何ですか?」
そう、一旦無理な要求を出して、少し難易度を下げる要求を出す。
そうすると、何となく受けても良いかという気になるのだ。
そんな人族のやり取りに関しては無頓着な超常の者達は、悪意が見えないグリフィス国王の会話を遮るような事はしない。
こうして、キグスタはなし崩し的に、元ソレッド王国王都周辺を統治する事になってしまったのだ。
そのまま帰宅し、妻たちに事情を話す。
「ウフフフ、グリフィス様は、最初からキグスタ様に元ソレッド王国の王都周辺の統治をお任せするつもりだったのですよ」
「そうだぞ、キグ坊。まんまとやられたな」
「でも、仕方がないですね。国王としても、これ程の功績をたてたキグスタ君に対して、何かしらの恩賞を与えないと、顔がたちませんから。色々考えてくれているのですよ」
三人が三人共国王の行いについて理解しており、キグスタと超常の者達は、三人の妻達の知識に、感心しきりだった。




