ウイド将軍
俺の目の前では、ワウチ帝国のナントカ将軍とカンザが、ソラリスの圧力だけで失神している。
しかし、ソラリスは俺を馬鹿にしたナントカ将軍の意識がないのにもかかわらず、その両腕を粉砕した。
そして、ついでとばかりに、カンザの残った左腕も粉砕したのだ。
「ソラリス、その程度で良いよ。悪かったね、急に呼んじゃって」
「とんでもない。もっと呼ばれたいといつも思っているのだ」
俺から褒められたソラリスは、怒りによって解放していた力が嘘のように霧散し、クネクネしている。
「は~、ソラリス。お前は…もう良い。もう帰還しなさい」
ヨハンの指示を受けて、残念そうな顔をしながら俺に一礼すると、その姿を消した。
「それで我が君。あのゴミ共はいかがいたしましょうか?使いようがあるのであれば、さしあたり止血のみは致しますが」
「そうだな、とりあえず出血だけは止めておいてくれ」
名前を覚える事すらしていない将軍だが、ワウチ帝国に対して良い交渉材料になるだろう。
俺達の力があれば、ワウチ帝国程度は簡単に滅ぼす事ができるのだが、複数の国家を強制的に飲み込んでいるせいか、無理やり従わされている面々が国内に多数存在しているのだ。
とすると、一気に攻めるとなると、何の落ち度もない人、いや、むしろワウチ帝国によって被害を受けた人々に更なる厄災を与えてしまう事になる。
これは、俺の意志に反するため、実行するわけにはいかない。
前準備として選別作業を行う事もできるのだが、あれほど広大な国土になると、選別も一筋縄ではいかないだろう。
グリフィス王国側の収容場所の問題もある。
「よし、じゃあ、王都に侵攻してきたワウチ帝国の軍をどうするかだな。とりあえずこのナントカ将軍とカンザの姿を晒して、戦意を削ぐ事にしようか」
「仰せのままに」
ヨハンは、何かの魔法で意識のない二人を持ち上げると、俺を含めて転移し、元ソレッド王国の謁見の間に移動した。
当然謁見の間なだけあって、相当な広さがある上に、玉座まで存在しているのだが、ヨハンはその玉座よりも更に豪華な玉座をこれ見よがしに出現させ、俺に着席を促してくる。
謁見の間にいたワウチ帝国の軍人、それもナントカ将軍直下の面々は、突然現れた俺達を見て動きを止めている。
もちろん、彼らの目にはなぜか空中に漂っているナントカ将軍とカンザも目に入っているはずだ。
「おい、お前ら少し聞け。見ての通り、この将軍とカンザは俺達が少々躾をしたが、見ての通り命までは奪っていない。だが、このままグリフィス王国に攻め込むと言うのならば、こいつらの命はないし、お前らの命もここで散らす事になる」
この中で、戦闘能力の高そうな者を、スライムの力を借りて判別し、あえてその者に対して強く言う。
「聞いているのか?そこの頭に何か巻いている奴。お前がこの場ではこの将軍の次に戦闘能力が高そうだからな。お前が納得すれば、他の連中も納得するだろう」
ヨハンは、引き連れてきていた将軍とカンザを、その者の前に落下させる。
ドサドサと言う音と共に、地上に落下する二人。
しかし、意識はないので呻くような事はない。
「ウイド将軍、まさか……両腕が、お前達がこれをやったのか?」
「そう言っているだろう?」
途端に、静かになっていた面々が騒ぎ出す。
「まさかあの百戦錬磨の将軍が、これ程までに痛めつけられるとは……」
「たとえ不意打ちとしても、ここまで負傷するなど想像できない」
「だが、奴らを見ろ。傷一つ、ついていないぞ」
そんな中、指名していた戦闘力の高めの者が再び口を開く。
「わかった。まさかウイド将軍がここまでなってしまう程の相手がいるとは想像もしていなかった。俺達はお前らを敵に回す事はしたくない。一旦帰還する」
どうやら、俺の脅しが効いたようだ。
だが、このまま帰還させたとしても、カンザの例もあるので、再び攻めてくる可能性は否定できない。
「一旦このゴミ共を連れて帝国に帰れ。お前らが到着した頃に、俺達も皇帝に挨拶に行ってやる」
それだけ伝えると、ヨハンと共に俺たちはワリムサエの町に帰還した。
もちろんあいつらには虫型魔獣をつけているので、ワウチ帝国に帰還し、皇帝に謁見するタイミングで俺達も出向いてやろうと思っている。
「ヨハン、一連の流れ、念のためにミルハを通してグリフィス王国まで伝えておいてくれ」
「承知いたしました」
一応、ワウチ帝国の侵攻は対処できたが、そうなると、この元ソレッド王国をどうするかを考えなくてはいけないが、この情報を得たグリフィス国王が何か考えてくれるだろう。
何もしないで放置していると、俺達でもワウチ帝国でもない第三者が乗っ取ってくる可能性があるからな。
「ただいま~」
「「「おかえり(なさ~い)」」」
実は、俺の妻であるナタシアだけではなく、クレースとファミュも体調に違和感があると言い出し、心配になった俺はヨハンに診てくれるように頼んだ。
すると、この二人も俺の子を宿している事が判明したので、嬉しさ300倍だ。
父さんと母さんも大喜びで、ナタシアもクレースとファミュに嬉しそうに祝福の言葉を投げかけていた。
よくよく考えてみれば、常に超常の者のだれかが傍にいる俺の妻達。
本当に何かの病であれば、俺に即報告があるはずだし、それ以前に瞬時に回復させているはずだ。
俺と同等の扱いをするように厳命しているのだから。
となると、実は既に子を宿している事を知っていて、俺達の誰かが気が付くまで秘匿していた可能性が高い。
何らかの理由があるのだろうから、その辺は特に問い詰める理由もないし、今は日々嬉しい日常を過ごせているので、どうでも良い。
外敵も排除できたし、あの軍隊が帰還して帝国に訪問する時以外は、かなりゆったりと過ごす事ができるのではないかと期待している。
「キグスタ様、私、だんだんとお腹が目立ってきました。順調でとっても嬉しいです。それと、子供を宿している先輩として、ファミュさんとクレースさんに、今までの体験を紹介していたのです」
「すごくためになったんだぞキグ坊。子供がいると分かった時に、うれしい反面、万が一を考えて、動く事が怖くなってしまったが、全く問題ないと言ってもらえたし、安心できたな」
「ファミュの言う通りですね、経験者の言葉は重いです」
こうして、ソレッド王国に留まっていた、グリフィス王国に対して悪意のある者達は犠牲になってしまったが、俺達の被害は全くない状態で今回の騒動を終える事ができた。
そして翌日、ガーグルギルドマスターがわざわざ訪問してくれたので話を聞くと、元ソレッド王国の領地は、グリフィス王国に併合し、新たなグリフィス王国として再度この大陸中に宣言するとの事だった。
更に、今回のワウチ帝国の暴挙についても同時に公開し、今までの悪事を含めて糾弾する予定である事が伝えられた。
最後に、広大な領地となってしまう関係上、引き続き俺の力を貸してくれと言われたので、もちろん喜んで力を使わせてもらうと伝えておいた。
だが、悪意は感じないが、何か奥歯に物が挟んでいるような物言いだったのだけが、少々気になった。
……実は、この時グリフィス国王が、元ソレッド王国の王都の統治を俺にさせようと企んでいる事が分かったのは、随分と後になってからだった。




