フラウ、ホール、リルーナの生活とナタシア、クレース、ファミュ
カンザが魔獣の餌になったと信じて疑っていない、ナルバ村のキグスタの家で極限の生活をしているフラウ、ホール、リルーナの三人。
既にある程度の生活サイクルはできあがり、リルーナの収納魔法の中には、食料備蓄も出来る程になってきていた。
しかし、魔獣の危険度は変わらず、一切油断ができない事は間違いない。
「本当、こんな所で選抜時代の訓練が活きて来るとは思わなかったわ」
ある晩、夕食を食べているときフラウが自然な感じで話す。
「ああ、だが、俺達……あの時に選抜なんかに選ばれていなければ、ナルバ村でのんびりと過ごせていたかな?」
「そうかもしれないですね。でも、もう戻る事はできないんです、色々と。私達は今を生きるしかないんですよ」
この先に明るい展望などあるはずもなく、常に死と隣り合わせの状態の生活を続けるしかないと理解している三人。
前向きになれるはずなど有る訳がない。
下を向いて、いつもの代わり映えしない食事をモソモソと食べる。
そんな三人だが、こんな極限の状態を継続している為か、いくら休息をきっちりと取っていたとしても動きにキレがなくなってきている。
そんなある日、ついにその日はやってきてしまった。そう、絶望の階段を一段上がる日が。
いつもの通り食料調達に向かっていた一行だが、<剣聖>フラウの武器が、根本から折れてしまったのだ。
安物の武器とはいえ、なるべく負担をかけないように、そして少しでも長く使えるように毎日丁寧にメンテナンスしていても、しょせんは安物。
ある程度のレベルの魔獣を継続して相手にするには限界がある。
逆に、良く今まで持っていたと言うレベルだ。
だが、こうなってしまうと、フラウは<剣聖>という上位スキルによって得ている身体能力しか残っておらず、攻撃手段と言えば、ダメージを殆ど与える事のできない棒切れでの打撃程度になってしまう。
一瞬唖然としたフラウを救ったのは、近接戦闘特化型の<拳聖>ホールだ。
魔獣の前で立ちすくむフラウを、その高い身体能力を活かして抱え込むようにして魔獣の前から離脱した。
その後、遠距離からリルーナが魔法による攻撃を仕掛けるが、ダメージを受けているものの、倒れる事のない魔獣。
ホールは、フラウを一時的に退避した場所に下ろすと、即、魔獣に向かっていく。
このまま攻撃しないでいると、遠距離攻撃をしているリルーナに攻撃をする可能性が高いからだ。
ここで、魔獣がリルーナへ攻撃して、リルーナに何かあってしまったら取り返しがつかなくなる。
魔獣からある程度距離があった事、そして、遠距離攻撃を受けた事により魔獣の意識がリルーナに向かっていたため、かなりの助走をつけた状態の会心の一撃が魔獣に炸裂し、今回は事なきを得た。
「危なかったなフラウ。とりあえず今日はここまでにして、一旦帰還しよう」
「そうね、今後の事は帰ってから相談しましょう」
ショックからか、返事ができないフラウを抱えるようにして、三人はキグスタの家に帰還する。
「私達、どうしてこんな事になっちゃったんだろ……」
キグスタの家に帰還すると、緊張の糸が切れたのか、涙ながらにフラウが呟く。
しかし、ホールもリルーナも答える事はできなかった。
そんな理由はわかりきっているからだ。
そう、キグスタをこっぴどく裏切った挙句、その両親にまで手をかけようとした傲慢な行動。
結局はそこに行きついてしまうので、今更そんな事を言ってもどうしようもないと理解している。もちろん、フラウもわかってはいるが、どうしても口から洩れてしまったのだ。
だが、現実的にこの三人の今後は非常に暗い。
三人の攻撃力は激減し、フラウとしては、その身を挺した囮や陽動しか狩りに必要な力になれないからだ。
そして、フラウの武器が壊れたように、ホールやリルーナの武器もそう長くは持たないだろう事は理解している。
そうなってしまったら、完全に終わりだ。
「どうする?わかっていると思うが、ここにとどまっていれば、いずれは餓死。最終的にはカンザのように、イチかバチかの狩りに出なくてはならなくなる」
「でも、仕方がないじゃないですか。他に何か生活できる方法があるのですか?」
ホールとリルーナは、軽く言い合いになっている。
「もうイヤ。私、どんな扱いを受けてもいいから魔獣のいない場所で生活したい!」
フラウは、自分の武器がなくなった事による緊張の増加から、ついにこの生活に耐えられなくなってしまったようだ。
「だが、実際王都にいっても、俺達はまともな生活はできない。それはわかっているだろう?」
「そうですよ。私達は、自分達がしてしまった事の報いを、ここで受け続けるしかないのです」
ホールとリルーナの悲壮な覚悟が伝わったフラウも、何かを言う事はなくなっていた。
一方、ワリムサエの町で幸せを満喫しているキグスタとその三人の妻達。
ナタシアのお腹は、よく見ると少しだけポッコリと膨らんできている。
それを、嬉しそうに、そして少しだけ羨ましそうにその姿を見ているクレースとファミュ。
しかし、彼女達はまだ気が付いていないが、実はクレースとファミュのお腹にもキグスタの子供がいる。
ヨハンを筆頭とした頂上の者達は、もちろんその事実に気が付いている。
しかし、人族との微妙なやり取りの能力が極めて低いと認識しているので、命の危険に係わる事や、安全に関わる事以外は、聞かれてから答える事にしようと頂上の者達で決めていたのだ。
それは、この世界で長く生活をした経験があるのがヨハンとアクト二人のみであり、その二人も赤子から必死で主を育てることに注力していたため、人としての触れ合いの経験が圧倒的に不足しているからだ。
もし、クレースとファミュが、ナタシアに対して相当羨ましがるような態度を見せれば、この場で教えていただろうが、二人はナタシアを嬉しそうに祝福していたので、沈黙を貫いていた。
頂上の者達から見れば、人族はとても儚い命。
それも、至高の主の血を引く新しい命なのだから、それぞれが、気が気ではない日々を過ごしていた。




