再びグリフィス辺境伯領
ここグリフィス辺境伯、そして隣接するウィンタス辺境伯、カルドナレル辺境伯、各領地のギルドでのカンザ一行の評判はすこぶる悪い。
以前も、どこか取り繕った行動を取っていると思われていたカンザ。
最近は選抜から脱落しメッキが剥がれたので、粗暴な振舞を隠しもしていなかった所に、グリフィス辺境伯の許可を得て、ガーグルがカンザ一行の真の姿の噂を流した為だ。
グリフィス辺境伯とガーグルは、カンザ一行の行いをキグスタの母であるクララから聞いていた。
もちろん、<統べる者>の本当の力については聞いていないが。
グリフィス辺境伯は、国王と事を構える前までは、悪魔の王を倒すためにカンザの力が必要になるかもしれないと思い、噂を流す事をためらっていたのだが、既に国王とは決別し、ソレッド王国所属のカンザに配慮する必要が一切なくなったのだ。
冒険者達はグリフィス辺境伯領地に留まる者だけではない。
もちろん王都に行く者もいる。
つまり、ソレッド王国の王都・・・・・・そしてソレッド王国以外にもカンザ一行の噂は確実に流れる事になる。
しかし、グリフィス辺境伯達とキグスタ一行の討伐を行う事に夢中の王都の中枢にはこの噂は届かなかった。
当然二度目の進軍が行われ、その動きを察知した超常の者達によって再びキグスタがあの平原で待ち受ける事になる。
キグスタは、王都の軍の前で吹き飛ばした山々を修復したのだが、幻想だったと思われるのが嫌なので、再び更地にしてある。
「は~、なんであいつらは凝りもせずやって来るんだ。ここまで来ると・・・・・・少し甘さを捨てないとな」
「そうですね、せっかくのキグスタ様の恩情を無下にするとは・・・・・・」
「ふむ、散々調教したのだがな。キグ坊、今回こそはしっかりとどちらが上かわからせる必要があるぞ」
「そうですね。キグスタ君、せっかくだからもう少し本気を出したらどうですか?<統べる者>の力をもう少し使うのです。そうすれば、二度とキグスタ君には歯向かってこなくなるでしょう?」
前回は、この三人にあまり惨状を見せたくないので見逃した。その前のカンザも同じだ。
だが、ここまでしつこいと・・・・・・皆の言う通りだ。
と、キグスタは考えたのだ。
「ヨハン!」
「ここに、我が君」
いつもの通り、音もなく現れる超常の者。
「流石にあいつ等に与える恩情はなくなった。今回は俺も甘さを捨てて事に当たろうと思う」
「承知致しました」
キグスタの想いを感じ取った超常の者達は、ヨハンの後ろに顕現して首を垂れている。
<死神>アクト、<精霊神>ハルム、<獣神>ソレイユ、<武神>ソラリスだ。
「とりあえず皆は、王都からの軍が来るまでは姿を隠しておいてくれ」
一方の国王軍は、再び先兵がキグスタの姿を発見した。
当然、その先兵も把握しているキグスタ。
「アクト、やれ!」
キグスタの命令を受けたアクトは、喜々としてその先兵の命を刈り取った。
もちろん、キグスタの命令を受けた事が嬉しかったのであって、命を刈り取る行為が嬉しかったわけではない。
その一方で、先兵の帰りを待ち続けている国王軍とカンザ一行。
先兵の情報を元にキグスタと<剣神>、<槍神>を分断して戦闘する手はずとなっているのだが、その先兵が返ってこない。
「先兵は何をやっているんだ。この俺の<槍聖>が早くクズを滅しろと騒いでいるんだがな・・・・・・」
そう話すカンザのその手には、今回の一件を重視した国王より、他の選抜メンバーから一時的に徴収した聖武具の槍が持たれている。
当然カンザパーティの他の面々も聖武具を手にしているのだ。
そのメンバーは、槍を始めとした聖武具の行先がカンザ一行と知って涙を流したそうだ。
聖武具クラッシャー・・・・・・その名は伊達ではなかった。
待てど暮らせど先兵は帰ってこない。
これから戦闘を行うと言う精神状態で、待ち続けるのは中々難しい。
攻撃する側の立場にいるキグスタも同じだ。
元は役に立たないクズスキル持ちと言われて、戦闘にはほとんど参加してこなかったキグスタ。
最近は労せず魔獣を狩る事が出来ているが、人となると話は別だ。
前回の戦闘時も、無意識下で人を殺める事に抵抗があったのかもしれない。
そんな心の揺れを察知したのか、超常の者達がキグスタの後ろに集合している。心配のあまり、意識は全てキグスタに向いているのだ。
もちろん命令があるので姿は見えない。
「大丈夫ですよキグスタ様。正義はこちらにあります」
「そうだぞキグ坊。あれ程恩情をかけた上で向かってきたんだ。あっちもそれなりの覚悟があるはずだ」
「キグスタ君、貴方は前回優しさを見せました。その優しさを踏みにじったのですから、何も悩む必要はありませんよ」
未来の妻である女子会メンバーが、キグスタに落ち着きを取り戻させた。
だが、その間に痺れを切らしていたカンザがこちらの様子を伺っていた事はわからなかったのだ。
「くそ、あんなところで先兵が死んでいると思えば、<槍神>と<剣神>、挙句にナタシアまで揃っている」
呟きながら自陣に戻るカンザ。
このままでは、ここにいる多数の兵はキグスタを恐れて進軍しない。
だが、自分が突撃しても<剣神>と<槍神>にあしらわれるのは目に見えている。
考えて、考えて・・・・・・カンザはある決断をした。
一度軍を突撃させてしまえばいいのだ・・・・・・と。
これだけの大軍が勢いをつけて突撃すれば、前線にいる面々が逃げようとしても、後ろからの勢いに押されて後退はできない。
そこで、カンザは陣に戻ると指揮を執っている貴族に偽の情報を与える。
「先兵は亡き者にされていた。俺があいつ等の会話を聞いたところ、キグスタは単独でこの陣の後ろに回り込み、残りの三人と挟み撃ちをするようだ。まだキグスタはこの先にいるが、移動を始めているはずだ。俺達は後方から来るキグスタを迎え撃つために後ろに下がる。今すぐに全力で急襲すれば、奴らは作戦が瓦解したことにより動揺し、本来の力は出せないだろう」
後ろに下がるのは、本当は<槍神>と<剣神>が恐ろしいからだ。
だが、貴族はカンザの案を採用し、即突撃する事を決定した。
「おいお前ら、俺達は一旦後ろに下がるぞ」
カンザの指示により後方に下がるホール、リルーナ、フラウ。
やがて、彼等の耳にも突撃する際の大声と大軍が動く際の振動が伝わってきた。
そして次に聞こえたのは、轟音、悲鳴・・・・・・
更には遥か前方で玩具のように舞っている自陣の軍隊。
<剣神>と<槍神>が暴れていると思ったカンザ一行は、以前小一時間程蹴り続けられて意識を失った記憶が蘇ってきた。
「おいカンザ、あれはまずいぞ。きっとあの二人だ。俺達では・・・・・・」
真っ青な顔で震えているホール。
同じように、フラウとリルーナも震えている。
もちろんカンザも同じだ。
「くそ、あいつ等強いと思っていたがこれほどとは・・・・・・撤退だ。キグスタならばなんとかなるが、あの二人の強さを見誤った」
実際は<剣神>と<槍神>は何もしていないのだが・・・・・・
作戦では、キグスタが後ろに回り込んでくるので、それを迎撃すると言う事でかなりの後方にいたカンザ一行。
そのおかげか、誰にも見つかる事なく逃走することができたのだ。
超常の者達は、キグスタの命令により大軍を捻り潰している。
キグスタは、やはり初めて人相手に本気の戦闘と言う事で精神的にダメージを負っているが、未来の妻に支えられつつも、しっかりとその行いを目に焼き付けていた。
「こんな勝敗がわかりきっている戦いをするなんて・・・・・・」
悲しげなキグスタの言葉を聞いている三人は、より一層キグスタを強く支え続けた。




