辺境伯VS国王(2)
今日の1/2話です
俺達に向かって軍から少し離れて近づいてきたこいつらは、見た目からか、そこそこ高位の人間なんだろう。
「キグスタ様、あの三人は王都で見た事があります。どこかの領地を治めている貴族だと思います」
そっとナタシアが教えてくれた。ヨハン達に調べて貰えば、すぐにでも色々わかるだろうが、知った所で何だ、と言う話なので、特にそんなお願いはしていない。
よし、いよいよ俺の出番だな。
後ろの連中にも聞こえるように、ヨハンにお願いして俺の声がくまなく届くようにしてもらう。
「お前達がここに来た理由は知っている。だが、一つ言っておきたいのは、お前達は前提が間違っている。俺はなんの犯罪も犯していないし、ナタシア、ファミュ、クレースはそんな俺を庇ってくれただけだ」
「犯罪者は、自らが裁かれそうになった時には皆同じ事を言うのだ」
ダメだなこりゃ。聞く耳は持っていない・・・・・・と。
じゃあ次の話だ。
「後ろの兵達にも言いたい。お前達は真実を知らないままこの戦闘に参加させられている。お前達の中には、家で帰りを待っている家族や恋人、友人がいるだろう。俺達に刃を向けたら、俺達としても反撃せざるを得ない。残された人たちの事を良く考えろ」
兵士達はざわつく。
俺の傍にはソレッド王国最強の二人がいる。
その為、単なる脅しではないと思ってもらえると言う思いがあるのだ。
そもそも、俺のそれほど大きくない声が、数えきれない程の人数全員に漏れなく聞こえている時点で異常であるはずなのだが、そこに気が付く者はいなかった。
いや、気が付きようがないのかもしれない。
「ハハハハ、笑わせてくれる。確かに反逆者の<剣神>と<槍神>は相当な強さだ。だが、所詮は二人。残りは元王女、そして老いぼれだ。おっと、もう一人スライム使いがいたな。そんな面々でこの軍を相手に脅しをかけるとは片腹痛い!」
こいつの大声で、少しは迷いを持ってくれていた兵士達が落ち着いてしまった。
「そうか、俺はさっきも言ったように、残された家族達の事を考えるとお前達を手にかけたくない。その為に、少しでも話を聞いてもらえる状況を作れるように、わざわざここで俺達だけで待っていたんだ」
「だが、お前の話は無駄だったな。グリフィスに恩があるのか知らないが、お前達の後にグリフィス達を断罪する事に変更はない」
こいつは少々勘違いしている。
俺が、グリフィス辺境伯達に攻撃が行かないように、この軍を懐柔しようとしていると思っているようだ。
「それならば、そのスライム使いの力の一端を見せてやろう。これを見ても俺達に牙を剥くと言うのならば、それはお前達の自己責任。俺はここまで譲歩してやっているんだからな」
俺は一番大きな山に向かって、腰を落として拳を引き、一気に拳を振り切った。
この平原から見える一番大きな山は、俺の左側、そしてあいつ等の右側に見える場所に位置している。
もちろんそうなるように調整したのだが、お互いに良く見える位置の山が轟音を上げて吹き飛んだ。
ついでに、左右にある山もおまけとばかりに破壊されてしまった。
いくら気合が入っているからとは言え、やり過ぎだぞ、ハルム。
もちろん、山々の動物については既に退避させており、復元した後で戻すことにしているので、無駄な殺生はしていない。
俺は構えを解いて偉そうな貴族、そして後ろに控えている兵士達に向かって語りかける。
「良いか、もう一度だけ言ってやろう。俺達は何の罪も犯していない。そんな俺達に理不尽な理由で攻撃をしてくるのなら容赦はしない。わざわざお前達の為を考えてここまで忠告してやったんだ。これ以上は譲歩するつもりはないからな。あの山のようになりたくなかったら、すぐに王都に戻れ。これだけの大軍だ。十分だけ猶予をやる。十分後、この平原にいる者は俺達の敵とみなす」
それだけ伝えると、踵を返して皆の元に戻り、大軍を目の前にしているが、さっきの続き・・・・・・クレース自慢の一口料理の続きを食べる事にした。
「我が君、流石でございます。ハルムも我が君の力になれた事、大変喜んでおります」
再び食事の準備をしてくれているヨハンが教えてくれる。
ま、<統べる者>のおかげで、ハルムの嬉しい気持ちは流れ込んでいるから知っているけどね。
一方の貴族率いる軍隊。
あれ程の破壊は、前もって何か準備していたとしても有得ない威力だと分かっているのだろう。
既に後方にいる兵は逃走を始めている。
だが、前方・・・・・・つまり、俺達に近い位置にいる面々はそうではない。
兵の中でもある程度の地位にいるのか、自分の仕えるべき貴族がこの場に残っているのに逃亡するわけにはいかないのだろう。
その貴族達は、膝が笑って面白い事になっているんだけどな。
もちろん俺達は、そんな奴らに構う必要はないので、のんびりとした十分間を過ごさせてもらうだけだ。
「こんなバカな。あれ程の破壊力を持つ攻撃ができるなど・・・・・・神の御業ではないか・・・・・・」
お、こいつは大正解だ。だが、残りあと八分だぞ!
「ただのスライム使いではなかったのか。こいつの他にも、<剣神>と<槍神>がいるんだぞ。かなう訳がない」
「そ、そうだ。こんな無謀な戦いなどやっていられるか。おい!撤退だ!!」
よしよし、俺達の思惑通りに全軍撤退するようだ。
貴族の撤退の決断を聞いて、蜘蛛の子を散らすように我先にと逃げだす兵達。
「やったなキグ坊!」
「流石ですねキグスタ様」
「できると思っていましたよ。さっ、こっちの新作も美味しいですよ!」
全員緊張のかけらもない状態で、ピクニックを続けている。
そうだ、ハルムにもお礼を言っておかないとな。
「ハルム!」
「はっ、ここに」
「今回はありがとう。だが、少々気合が入りすぎたかな?」
俺は苦笑いをして、跡形もなくなった山の方向を見る。
破壊する予定の山以外も吹っ飛んでいるので、平原がどこまでも広がっている。
「申し訳ございません。ご主人の力になれることが嬉しく、少しだけ力がこもってしまいました」
「いや、まあいいんだけど。改めてありがとう。ハルムも食べる?」
「宜しいのですか!!」
おっとびっくり、こんなに喜ばれるとは思わなかった。こうなると、俺の後ろで控えているヨハンにも食べてもらいたい。
「ああ、もちろんだ。ヨハンも一緒にどうだ?いや、一緒に食べてくれ」
俺の気持ちを察してくれたヨハンも嬉しそうに快諾する。
こうして、王都から襲来してきた俺達と辺境伯達の討伐隊は、何の成果もあげる事ができずに撤収した。
と同時に、誰一人として犠牲になる事なく王都に帰還する事ができたのだ。これが目的だったので、少しは感謝してほしいモンだ。
だが、慌てて逃走した時の怪我は多少あったようだが、そこまで面倒を見てやるつもりはない。
とりあえず、事の成り行きを心配している辺境伯達の為に、ワリムサエの町にいる精霊王のミルハにヨハンから、敵は一目散に全員逃げ出したことを伝えてもらった。
ギルドマスターのガーグルさんから、即領主に情報は伝わるだろう。
作戦成功だ!!




