辺境伯グリフィス(2)
本日1話目です
暫くして無駄に豪華な馬車から出てくる騎士ホリスタンを窓から確認する。
今度は宰相も共にこちらに来るようだ。
この宰相、国王の腰巾着であるのは知っていたが、入ってくるなりいきなり騒ぎ出した。
全く、品がないとはこの事だな。先ずは挨拶。基本中の基本だ。
そんな事もわからない様ではお里が知れる。
「グリフィス辺境伯、既にホリスタンから聞いていると思うが、これは王命である。多少民の病が悪化したとしても止むを得ないのだ。貴殿があの門を開門しないのであれば、力ずくで破壊することになる。よく考えた方が良いと思うが」
「宰相殿は、民を犠牲にしても良い・・・・・・と仰ったのか?」
「王命は全てに優先される。その程度はご存じかと思ったが・・・・・・辺境にいると理解できなくなるのかな?」
くっ、この野郎、言いたい放題言いやがって。いや、落ち着け、あんな奴のペースに飲まれるなど辺境伯の名折れ。
「いやいや、宰相殿こそ、そんなに易々と民を犠牲にできるなど、とても人とは思えませんな」
宰相の顔が赤くなる。この程度で表情に出すようでは、あの貴族連中の醜い争いに生き残れないと思うのだが・・・・・・
「まったく、あなたと話しても埒が明きませんな。わかりました。あなたはワリムサエの町を開門しない。我らは開門を要求する。相容れることはありません。ですが、忠告はしましたぞ」
踵を返す宰相。
これは、強行突破するつもりと見て間違いないだろうな。
ガーグルによれば、あのレベルの魔獣を手に入れてくるキグスタ一行の戦闘力は群を抜いているのは間違いないとの事だ。
今回の襲撃については、ガーグルを通して彼らに情報を与えている。
更には万が一の時の為に、この辺境伯であるグリフィス直々に指名依頼を出している。
本当は彼らに頼らず解決できればよかったのだが、流石にこの辺境と言えども複数の選抜メンバーパーティーと渡り合える者はいない。
申し訳ないが、ガーグルの言葉を信じてキグスタ一行に対応を任せることにしよう。
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クララの家で寛いでいるキグスタ一行。もちろんクリスタと遊んでいる。
そんな中、ヨハンからソレッド王国の王都より、ナタシアの奪還をメインとした一行がワリムサエの町に到着したと報告があった。
同じ情報をグリフィス辺境伯を通してガーグルから得ているキグスタ一行。
もちろんヨハンからの情報が早いし正確だが、余計な事は言わずに、感謝と共にその情報を貰っていた。
「やっぱり情報が漏れたか。これはどうしようもないな。全ての人の口をふさぐわけにはいかないし・・・・・・」
「でも、どういたしましょう。ワリムサエの町の方々にご迷惑が・・・・・・」
「キグ坊、ここは私に任せてみてはどうだ?」
「キグスタ君、もちろん私もです」
「いや、二人に任せると門の外が血の池になるから止めておくよ。ナタシア、宰相も来ているみたいだから、ナタシア本人から決別の宣言をしたらどう?」
「でも、きっと脅されているとか言ってくるに違いありません」
「そこは、証明する手立てがないからな。だが、本人から明らかに拒絶の意思を示せば少しは堪えると思うんだが」
「そうですね。何もしないよりはいいですね」
こうしてキグスタとナタシアは、ヨハンの力で門の外に転移して王都からの一行を待ち構えていた。
「来たみたいだな」
とてつもない豪華な馬車を先頭に、かなりの人数がワリムサエの町の入口に向かって来る。
当然門の前に立っている二人を発見し、急ぎキグスタとナタシアの方に向かって来る。
ある程度の距離まで来ると、騎士であるホリスタンがナタシアにこう呼びかけた。
「ナタシア王女、国王陛下がお待ちです。どうぞこちらの馬車にお乗りください。もしあなたが拒絶するならば、このワリムサエの町、そしてグリフィス辺境伯も反逆罪に問われることになるでしょう」
少々飛躍しているようではあるが、グリフィス辺境伯に嫌味を返された宰相の意見によって、万が一反抗するようであれば全員の反逆罪適用が決定された。
「あなたは王城で見た事がありますね。いいですか?私の言葉をよく聞いて、国王陛下にそのまま伝えてください」
素直に馬車に乗るつもりがないと分かった王都からの一行はざわつく。
これだけの戦力、そして反逆罪の適用。
どちらか一つでも心が折れるはずなのに、二つ揃ったこの状態でもナタシアは凛とした表情を崩さずにいるのだ。
「私ナタシアは、既に王族を離脱しています。そして、私の意思でキグスタ様と共に人生を歩んでいくと決意したのです。この思いを邪魔する人は、何人たりとも許しません」
ナタシアの強い意志を感じる宣言に、騎士であるホリスタンだけではなく、宰相達も飲まれてしまった。
キグスタの想定では、誰かがキグスタに操られているだの、弱みを握られているだのと騒ぎ出すはずだったのだが、ナタシアがあまりにも強い意志で決意表明をしたために、全員がナタシア自らの意思で言っている事だと理解してしまったのだ。
しかし、そうでない者もある一定数は存在する。
その急先鋒と言ってもいいあの男が大声で騒ぐ。
「何を言っているんだナタシア王女。あなたはこの私カンザの妻になる事が決まっているんだ。英雄の妻だ。そんな平民如きの妻とは比べられない程の生活が待っているんだ」
「何を言っているんですか?気持ちが悪いですね。王城にいる時も気持ちの悪い目で見てきて本当に何なんですか?鳥肌が立ちそうです」
ナタシアのきっぱりとした拒絶の言葉を聞いた全員が、ナタシアは決して操られていないと確信した。
そう、最近メッキが剥がれて嫌われ始めているカンザを、これ以上ない程明確に拒絶したためだ。
つまり、ナタシアの意思はしっかりしていると判断された。
意外な所で役に立ったカンザ。
実は、この世界では洗脳系のスキルは無い。
フラウ達がおかしくなったのは、カンザの巧みな話術や行動で徐々に操られたのだ。
自分達は特別だ、自分達は選ばれているんだ、それに比べてキグスタは何の役にも立っていない、足手纏いになっているくせに、反省も努力もしていない・・・・・・
常に言われ続けると、そんな気がしてきてしまう。
そして、その思いを行動に移してしまった時から、雪崩のように洗脳が進む。
まして三人が共に同じ状況になれば、ある意味相乗効果となってしまうのだ。
宰相と騎士ホリスタンは悩んでいた。
ここまでの明確な拒絶を受けると、いくら宰相としても強制的に連れ帰るわけにはいかない。
本人は王族を離脱したと宣言しているが、宰相にしてみれば王女なのだ。
「宰相閣下。これは一度撤退すべきかと愚考しますが」
「うむ、やむを得ないだろうな。だが、ワリムサエの町のみならずグリフィス辺境伯もキグスタ一行を庇っていたと言う事は理解できた。これで、この辺境伯は反逆罪が適用されることになるだろう。私をコケにした罰だ」
こうして、王都からの一行は無駄に行軍しただけで、何の成果も生み出せずにスゴスゴとワリムサエの町を後にした。
当然ナタシアはワリムサエの町に残っている。




