ダンジョン最下層のボス
まだまだまだ続きます
フラウはこう言い放った。
「あんたバカね。あんなゴミみたいな荷物を大事に抱えて笑いをこらえるのが大変だったわ。あれ、中身ただの岩だから」
「すまんねキグスタ。丁寧に均等に置いてくれたのは評価できるが、あれはただのゴミなんだ。君は俺達パーティーのために一人であの悪魔と戦ってくれたまえ」
何だその話し方は?この状況でバカにしてんのか?
「は?お前いきなり何を言い出すんだカンザ!俺に攻撃する術がないのは知っているだろうが!!早くこっちに来いホール!扉が閉まりかけているだろうが!!」
俺は部屋の中から外に向かって拳をぶつける。
この部屋は不可視の膜に覆われているので、外に出ることも、攻撃が外に通ることもない。唯一可能なのは、外からこちらに入ることだけ……
そんなことはわかっているが、ぶつけずにはいられなかった。
「気安くホールの事を呼ばないで頂戴。今まで戦わなかった分のつけをここで払ってもらうだけでしょ?」
穏やかな口調で恐ろしい事を言うリルーナも、ホールの腕に絡みつきながら暴言を吐く。
「お前らあれだけ偉そうな事を言っておきながら、下級悪魔が怖いか?かなわないから俺を犠牲にするのか?さんざん見下していた俺を??」
最後の賭けであいつらを煽ってみたが、カンザには通じなかった。
「そんな挑発には乗らないよ。君は勝手にこの部屋に侵入して死亡したと報告しておいてあげるから。せいぜいあがいてくれたまえよ」
「お父さん、お母さんにも勇敢に戦って死んだって言っておいてあげるから、成仏してね。キャハハハ……」
全てを聞き終わる前に、扉が目の前で完全に閉まった。
外の音は一切聞こえず、静寂が俺の身を包む。
やがて背後に強者の気配がし、俺は死を覚悟する。
「父さん、母さん、ごめんな。もし次があったらまた父さんと母さんの元に産まれてくることができるといいな。今までありがとう」
そう言って、ゆっくりと振り向くと、やはりあの下級悪魔が部屋の中央に顕現しており、こちらを見ている。
しかし、動く気配が一切ない。いや、俺があまりにも雑魚なので動く必要がないのか、既に動いたことを認識できていないのかもしれない。
しばらく悪魔を見ていると、突然片膝をついて頭を垂れた。
はっきり言って、この状況は理解できない。
上位スキルを持つ者たちの攻撃を防御なしで受けて傷すらつかない強者が、俺の方を向いて跪いている。
俺は思わず後ろを振り返る。
よくあるだろ、実は自分じゃなくて後ろの奴を相手にしているパターン。
しかし、後ろはあの忌々しい入り口があるだけで、他には何もない。
そういえばこの悪魔、前回の時もこちらに向かって頭を下げていた気がする。
そんな行動をしないと攻撃できない呪いでも受けているのか?
動揺する俺を一切気にする気配はなく、ただひたすらに頭を下げ続けている下級悪魔。
このままでは埒が明かない。
万が一この場を脱出できたとしても、4日以上かかる道のりに必要な食糧、水、そして武器も今俺の手元にはない。あのパーティーに取り上げられているからだ。よく考えると、あのパーティーの行動は鬼畜の極致だ。
なので、まだ体力があるうちに打開できることがあればしてみたい。
母さんも言っていたはずだ。魔族とくくられている者達にも人の助けになる者たちがいると……
これでだめなら死ぬだけだ。何もしないで死ぬよりもいいだろう。勇気を出せ!!キグスタ!!!
「あ、あの~、ちょっといいですか?」
何だか中途半端な物言いになってしまった。とても命を懸けて戦う場所で言うセリフではないな。まるで道でも聞くような軽さで下級悪魔に話しかけてしまった。
「はっ、偉大なる主よ。私如きに直接お言葉を頂けるとは感謝の念に堪えません」
?????
「えっと、すみません。その、偉大なる主って誰の事でしょうか?と言うよりも、攻撃はしてこないんですか?」
「とんでもございません。私のような矮小な者が偉大なる主に向かって攻撃など、恐れ多くて考えることすらできません」
??????????????????
「あの、その主ってまさか僕の事ですか?」
「はい、あなた様以外には偉大なる主は存在いたしません。僭越ではございますが、私如きに丁寧にお話しいただく必要はございません。何卒よろしくお願いいたします」
なんですかこの状況は?
落ち着いて深呼吸をする。
少なくともこの悪魔の力であれば、俺なんかはデコピン程度で殺せるだろう。それをせずにいるということは、とりあえず命の危険はないという事でいいのかな?
あまりに力の差があるから、何かの作戦である可能性も低いしね。
「えっと、わかった。これでいいですか?いや……良い?」
少し怖いが、希望をかなえてみることにした。
「おお!ありがとうございます。私などのお願いを聞いて頂けるなど!!」
更に深く頭を下げてしまった。
ちょっとやり辛いな。
「あの、できれば顔を上げてもらえると助かるんだけど。それと、なんでこんな状況なのか説明してくれると助かるな」
「勿体ないお言葉。感謝いたします」
下級悪魔はお願い通り顔を上げてくれた。
なかなか精鍛な顔つきをしている。
「恐れ多くも偉大なる主。先ずはお名前をお呼びする事をお許しください」
「え、いやそんな事は普通許しなんていらないでしょ?」
「恐悦至極!!」
本当にやり辛い。なかなか話が進まない。でも、おかげでさっきまでの緊張は解けたかな。
「では、恐れ多くもキグスタ様、我ら一同はキグスタ様に絶対の忠誠を誓っております。それは、キグスタ様のスキルによるものです。そのスキルは必ずこの世界で一人にのみ受け継がれます。同時に二人がこのスキルを持つことは有りません」
「スキルって、<統べる者>の事?村にいた頃はこのスキルのせいで何も良い事はなかったけど。いや、スライムが仲間になってくれたな。今でも俺の唯一の仲間で友人だ」
緊張が取れたせいか、少し愚痴を言ってしまった。
だが、この悪魔は俺のスキル<統べる者>について知識があるようだ。この際自分のスキルの知識を入れておいて損はないだろう。
「えっと、<統べる者>に詳しいみたいだから、少し説明してもらえる?」
「承知いたしました。キグスタ様の持つスキルの力は、その時代にスキルを所持した人の力に依存します。力によって配下となる面々を顕現できるのですが、私の知る限りでは最上位とそれに準ずる顕現を行える力を持った者がこの五千年の間に二人だけいたと記憶しております」
俺は一切顕現などした記憶はないのだが、このスライムがそうなのか?
少し困惑していると、
「では、偉大なる主であるキグスタ様の忠実な部下のうち、私などとは比べ物にならない大幹部の方々をここにご紹介させていただければと思いますが、よろしいでしょうか?スキルの詳細はその者から説明させて頂きます」
「あ、はい。よろしいです」
すると、この部屋のあちこちから凄まじい力が湧き出てきた。
俺の目の前には初老の執事が一人、そして少し後ろには四人の魔族、更に後ろには12人の魔族が整列して片膝をつき頭を下げている。
何の力も持たない俺でも、ここに出てきた面々がとんでもない強さだという事は分かる。
あの下級悪魔でさえ歯牙にもかけていないのだから……
かなりの不安と少々の期待と言う不思議な気持ちでこの状況を受け入れている自分がいる。
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