最後の戦い(3)
ヨハンとフラウのいる異空間。
一部の戦いは既に終わっている状態ではあったが、この異空間にいる者達には、他の戦いの状況を知る術はなかった。
「ねえお爺ちゃん、なんでキグスタに従っているの?<統べる者>のせい?何なら、私が解除の方法を探してあげようか?あんなのの下なんかについているから、仲間を失っちゃうんだよ?」
このフラウは、犯罪奴隷がひしめく鉱山や戦場にも赴いていた事があるため、かなりの負の感情を力に変えていた。
更に、依り代になったフラウとしての生活は幼少期からの期間である為、他の四人以上の力を得ていたのだ。
フラウ本人は、四神と互角以上の力を持っていると思っている。
実際のところはわからないが。
そしてフラウが今対峙しているのは、その四神すら従えているヨハン。
厳しい戦いになる事を予想しており、この場においても少しでも力を得ておこうとしているのだ。
フラウ本人としては、ヨハンがこの与太話に乗って来る訳はないと理解している。
「どうしたの、お爺ちゃん。私の仲間になれば、オリサとロゼの二人とも元通り。それに、お爺ちゃんがあのバカみたいな力を持っている四体の纏め役でしょ?あの四体にも話をしてくれると嬉しいな」
ヨハンの絶対の忠誠心を知っていながら、無駄な誘いを続けている。
「フラウとやら、そろそろその無駄口を止めて頂きましょうか。我が君の命は、余計な言葉を発する前に始末するとの事でしたので、既に命令違反になってしまいました。ですが、最後に仰られたのは、完膚なきまでに叩き潰せとの事。こちらを守れば問題はないでしょうが、まさか突然これ程無駄話をしてくるとは思っていなかったので驚きです」
ヨハンは、フラウが必ず感情を煽って来るだろうと考えていたので、驚いたと言っているのは口だけだ。
キグスタの命は、感情に任せての発言であった事、以前理不尽な命令は聞かなくとも良いと言われている事、最後の指示は、完膚なきまで叩き潰せと言う事だったので、話程度は聞く事にしていた。
だが、その話も予想通り過ぎて何ら興味をひくものではなかった。
実際のところは、フラウの存在についての話が聞けるかもしれないと期待していたのだ。
「あなたの話は全く興味をそそられる物がありませんでした。ですが、我らを煙に巻いた事、更にはその後の探索からも逃れた事は見事と言っておきましょう。ですが、対峙して分かりました。あなたは異空間転移ができますね?そうであれば、探索にかからないのは道理。煙に巻くのも容易いでしょう」
能力について正確に指摘され、逆にフラウが動揺する。
相手の感情に揺さぶりをかけようとしたが、自分が揺さぶられたのだ。
「ですが、異空間から異空間に転移はできない。更に、この異空間から出るには私を倒すしかありません。要するに、逃げ場はないと言う事です。オリサとロゼの我が君に対する忠誠に応えるためにも、貴方にはここで消滅して頂きます」
「え~、何を言っているの?お爺ちゃん。私が簡単に消滅すると思っているんだ。アハハ、もうボケちゃった?それに、忠誠?あの二人、オリサとロゼだっけ?あの二人は、喜んで私達の仲間になったんだよ?真実を知らないなんて滑稽だね。そうだ、もう年だから、仲間外れにされちゃったのかな?それとも、小言を言い過ぎて、あの二人に嫌われていたのかな?」
フラウは、諦めずに煽り続ける。
そんな中でも、攻撃の準備は怠らない。
今まで食らった感情によって増加した力を使い、体内で魔力を練り込んでいく。
複雑な魔法陣を書くように、丁寧に、慎重に練り込んでいる。
こうする事で発動する魔術の威力は爆発的に増加し、多種多様な付与を行う事ができるのだ。
「なるほど、その無駄話は攻撃準備時間を稼ぐためだったのですね、浅はかですな」
当然ヨハンには簡単に見破られる。
フラウの攻撃準備が始まったばかりであるにもかからわず……だ。
「それがどうしたの?お爺ちゃん。攻撃準備をしている事がわかったから何?あっ、この攻撃を受けきれる自信が無いのなら、そう言ってくれるかしら?」
フラウとしては、この攻撃は何としても発動したいので途中でやめる訳には行かない。
負の感情を得る為ではなく、攻撃を受けさせるために煽って見せた。
「そうですか、相変わらず浅はかですな。その安い挑発。何としてもその攻撃を受けて欲しいと言っているようなものですな。ですが、わざわざあなたの希望を聞いてやるほど私は優しくありません」
ヨハンはフラウに対して直接的な攻撃はしなかったが、体内で練り込まれていた魔力を強制的に霧散させた。
「えっ、お爺ちゃん、何をしたの?」
体内の魔力だけを消し飛ばすと言った芸当を見た事も聞いたこともなかったので、思わず素で聞いてしまうフラウ。
「この程度は造作もありません。どう言う事かわかりますか?体内の魔力を消す事ができる。少し考えればわかると思いますが、体内の魔力以外も好きに消す事ができるのですよ」
「ごはぁ……」
吐血し、しゃがみ込むフラウ。
これは、ヨハンがフラウの内臓を一つ消し飛ばしたのだ。
「やってくれるじゃない、お爺ちゃんのくせに」
既に回復したフラウだが、恐怖の感情が芽生えていた。
「虚勢を張っているようですが、恐怖の感情が溢れていますよ?」
普段の態度を崩す事はないヨハン。
逆に負の感情をあらわにする事になってしまっているフラウ。
少しではあるが、今まで蓄えていた力が抜けていくのを感じたフラウは、慌てて深呼吸をする。
そう、このフラウ、負の感情をその力として取り込む事ができるが、逆に負の感情をさらけ出すと、その力は徐々に抜けてしまうのだ。
普段から少々間の抜けた話し方や態度なのは、本能でこうなる事を理解しているので、自分自身が負の感情に囚われないように制御していたのだ。
「なるほど、貴方が負の感情を感じた時、今までの力を徐々に失っていく……と。中々面白い能力ですな。無力になったらどうなるのか楽しみです」
何とも言えない笑みを浮かべるヨハン。
必死で感情をコントロールしようとするフラウだが、魂が恐怖を覚えてしまい、中々制御する事ができない。
その間、やはり力は徐々に抜け去り、既に四神配下以下の強さ迄成り下がる。
ここでヨハンは、思いもよらない行動に出る。
そう、オリサとロゼの事を想い、感情の制御を外して怒りを露わにしたのだ。
負の感情がフラウに力を与える事は周知の事実。
その為に、感情の制御をするように四神に指示すらしていたのだが、自らがその戒めを破る。
だがヨハンには勝算があった。
怒りによって増幅されたヨハンの力。
その力を見せつける事によってフラウの恐怖を煽り、ヨハンから発する負の感情で得る力と、フラウの感じる恐怖の感情によって失う力が拮抗、いや、失う方が多いと判断したのだ。
フラウが感情を制御して力を得てしまったとしても、フラウに負けるような事は決してないと思っていた。
「それでは、諸悪の根源のフラウとやら、我が君に対する数々の無礼、そしてその配下たるオリサとロゼに対する罪、その身をもって味わっていただきましょう」
わざと少しづつフラウに近づきつつ、体内から破壊していくヨハン。
どのような方法で攻撃を受けているかわからないので、距離を取りつつ回復するしか術がないフラウ。
ヨハンの感情により力を得てはいるのだが、既に制御しきれない自らの感情によって、ヨハンの思惑通りに、出て行く力の方が多くなってしまっている。
「いつまでも我が君をお待たせするわけにはまいりません」
その言葉と同時に、ヨハンがある程度の力でフラウに攻撃すると、その体は豆粒程度に瞬間で圧縮された。
一瞬の圧縮であり、超高温になった豆粒は、そのまま粉になり消え失せる。
ヨハンも、抜かりなくフラウの肉体と精神共に完全に消去している。
「オリサ、ロゼ、不甲斐ない私を許してください。配下を守る事も出来ず、我が君にさえ傷を負わせてしまった。ですが、あなた方の決死の覚悟のおかげで、ようやく本当の平穏を取り戻す事ができます。感謝します」
主神として、四神配下の者にこれ程感謝を示した事はかつてない。
連載中の副ギルドマスター補佐心得、
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