ジャミング帝国
ある意味銀狼の後ろ盾となっていたジャミング帝国。
グリフィス王国とは大陸のほぼ真逆にあるような位置であり、交易を含めてお互いの接点は今までもない。
ソレイユの虫型魔獣による探索は、グリフィス王国から離れている場所から探索しているので、比較的早い段階での調査となっていた。
この国家は、一部の高位貴族が銀狼から金品を受け取り、その見返りとして偽りの身分証書発行、更には悪事のもみ消しまで行っていた。
その悪事の中には、その高位貴族と対立しているジャミング帝国内部の他の貴族暗殺も含まれる。
まさに持ちつ持たれつの関係となっていたのだ。
この程度の情報は、虫型魔獣の調査によって簡単に入手する事ができているソレイユ。
しかし、肝心のフラウに関しては、姿を確認する事は出来なかった。
このソレイユの探索、虫型魔獣で隈なくその存在を探し、その後はフラウの魔力の痕跡があれば別途反応するような網を張った後に、別の箇所の探索を行っている。
つまり、虫型魔獣がその存在を消した後であれば、魔力さえ感知されない状態にする事で、ソレイユに発見されないようになるのだ。
かなりの力を得ていたフラウにはそれが可能な状態になっていた。
やはり戦争を起こそうとしている国家で、短い時間とはいえ大量の負の感情を得た事が、キグスタ達にとって最大の誤算になったのだ。
キグスタから、グリフィス王国に対する動きの調査を明示されたフラウ、ホール、リルーナは、それぞれの国で調査を行うために個別に担当する国家に連れて行かれている。
その時点でかなりの力を得てしまったフラウ。一気に力が増幅したおかげで、数々の能力が使えるようになっていた。
その中に、超常の者達が使える異空間への転移も含まれていたのだ。
だが、キグスタを含む超常の者達が知っているフラウは、人外の力を持っていると認識してはいるが、そこまでの力があるとは露程にも思っていない。
もし異空間転移の力があると分かっていても、流石にそこまで調査する事は超常の者達でも不可能なのだが……
更には、自らの魔力を感知させない魔道具まで異空間で作ってしまっていた。
「やっぱり負の感情は、人数が多い程得られるエネルギーが多いわね。国家ともなると一瞬でこれほどの力が得られちゃうのだから、今までの苦労は何だったのかしら」
フラウがこう呟いてしまうのも、理解できなくもない。
その間に、ソレイユによるジャミング帝国の調査は終わっていた。
一方で、銀狼から一切の連絡が途絶えた高位貴族は不安が募っている。
今まで銀狼はどれ程距離が離れている場所であったとしても、定期連絡を欠かした事はなかったからだ。
とある私室。
「コンタレイ公爵、彼らから連絡は来ましたでしょうか?」
「いや、まだだ。フリムザイ侯爵にもまだ来ていないのか」
もちろん連絡は一方通行ではないために、貴族側からも魔道具を使用して連絡を取ろうとしているのだが、一切の反応を示さないのだ。
万が一銀狼との繋がりが明るみに出れば、いくら高位貴族であったとしても死罪は免れないし、親族の未来も良くて奴隷だ。
当然、不安、絶望の感情が彼らを襲う。
「フフフフ、素晴らしいじゃないですか。おかげさまで私の力もまだまだ膨れそうですね。ところで今の話、銀狼の事かしら?それならば、ナルバ町で全員死んでいるわよ」
突如密室に現れた女、そう、フラウをみて驚くも、そのセリフを聞いて更に驚く。
「良いわね。更に私に栄養をくれるなんて、とっても素敵」
フラウは、そんな二人を栄養源としか見ていない。
「お前はどこから、いや、今の話は本当か!?」
見た目は普通の女である為、突然この場に現れて自分と銀狼との繋がりすら知っていると言う、有り得ない事態について考える事もなく発言しているコンタレイ公爵。
「そうよ。あのグリフィス王国、特にナルバ町には気を付けた方が良いわね。あそこの連中は化け物よ。今は私の力を使っているからバレていないけど、私が手を引いたら、あなた達の悪事程度は直ぐにでも公になるでしょうね」
「お、お前の力とはなんだ?」
既に銀狼との繋がりについては否定できるような状態ではないと判断している二人の貴族は、フラウが何者か、どれ程の力を持っているのかに意識が向いている。
当然、フラウの力によっては口封じをするし、手に負えなければ味方に引き入れる算段なのだ。
だがフラウは知っている。キグスタ達には、この貴族が銀狼と繋がっている事程度は既に知り得ているだろうという事を。
フラウでさえ容易に知り得たのだから、あの力を持つ集団が知らないわけがないのだ。
しかし、交渉を有利に進めるためにそのような事は口にしないフラウ。
「え~、既にこの場に突然現れる事ができている事で察してくださいよ。転移もできるし、あなた方程度であれば一瞬でゴミに変えられますよ?試してみます??」
一気に青ざめる二人。
「いや、それは遠慮しておこう。それで、お前の目的はなんだ?何故突然我らの前に現れた?」
「それはもちろん、グリフィス王国に対抗するためよ。いくら私の力で秘匿していたとしても、あなた達と銀狼との繋がりは、何れは奴らに情報を掴まれる。それを公開される前に国ごと潰すのよ。私個人としてもあの国は潰したいから力を貸すの。どう?悪い条件じゃないでしょ?」
二人の貴族は互いを見るが、既に心は決まっていた。
フラウの力、そして自分達の保身。選択肢は一つしかないのだ。
もちろんフラウを完全に信じているわけではないが、その力は本物であると感じている。
フラウが発した、“自分達程度は、難なくゴミに変えられる”と言う言葉にも真実味があるのだ。
にもかかわらず、わざわざ交渉をしてくると言う事は、フラウとしても、このジャミング帝国の貴族、そして国家としての力が必要になっていると判断した。
「わかった。お前の提案を受け入れよう。それで、これから我らはどう動けば良い?」
「流石は高位貴族。判断が的確ね。そうね、先ずはこの国を掌握できるかしら。あなた達に意見できるのは、既に皇帝一族だけでしょう?」
フラウは、ジャミング帝国で内乱を起こせと言っている。
もちろん二人に国家を掌握してもらいたいと言うのも本当だが、内乱を起こす事による負の感情を得る事も目的になっている。
キグスタ一行には、銀狼と高位貴族の繋がりは明るみになっていると判断しているフラウ。
とすれば、そのような貴族が内乱を起こしたとしても、キグスタ達には怪しまれないと踏んだのだ。事実その考えは正しい。
超常の者達は、人の行動や考えに関する知識に乏しい為、この辺りの事については理解できるわけもない。そしてキグスタ本人もフラウ探索に力を注いでいるのだから……
「む、それしか……方法はないのだろうな。わかった。だが準備に少しだけ時間がかかるが、それでも良いか?」
「もちろんよ。じゃあ楽しみにしているからね」
その言葉と共に、フラウは異空間転移を行ってこの場から消えた。
「コンタレイ公爵、我らも腹をくくるときがやってきたようですね?」
「何れはこうなる予定だったのだ。少々早まっただけと考えれば問題ないだろう」
二人の高位貴族は、いずれは皇帝すら暗殺しようと企んでいたのだ。
コンタレイ公爵が言う通り、その計画が少々早まったに過ぎない。
こうして、キグスタ達の知らないところでフラウの力は増し、ジャミング帝国は泥沼に足を踏み入れていた。




