ゼラニウム
「ただいま」
暗い部屋から反響して声が返ってくるような気がする。
靴箱に鍵を置き、壁を触り手探りでスウィッチをさがす。
パチン
ジーーーーーーーーーーーーーーー
今時珍しい昼白色が殺風景になった部屋を照らす。
チューハイを飲もう、とフラフラと冷蔵庫に向かった
「グレープフルーツしかないじゃん…」
普段絶対に飲まないグレープフルーツを渋々手に椅子に座った。
プシュッ
缶に口をつける。
ジーーーーーーーーーーーーーーー
「缶のまま飲むの、久しぶりな気がする」
酒をチビチビと口に含み、喉を潤す。
ふと、テーブルに置いてあるアルコールウェットで缶の端を拭ってみる。
グレープフルーツに混ざり酒とはまた違うアルコールのにおいが鼻を抜けた。
「俺は、拭かない方が好きかな」
ジーーーーーーーーーーーーーーー
窓を見ると、遠くの方で車が激しく行き交うのが見える。
「カーテン、買いに行かなきゃだ」
自分と、殺風景な部屋が反射する。
視線がどんどん沈んでいく。
チラリ と鮮烈な赤が目に入り込んだ。
「なんだったっけ、あの花の名前」
ジーーーーーーーーーーーーーーー
小さな花が無数に集まり一つの大きな花のように見える。
ところどころ枯れ始めている。
缶を手に取り重い腰をあげ、鉢の前に座り込んだ。
「いたっ…」
出し忘れていた鍵が足に刺さる。
ジーーーーーーーーーーーーーーー
「俺育て方なんてわからないよ」
鍵を取り出しながら花に声をかける。
「なんでお前はもう枯れ始めてるんだ?」
指で花びらをつつくとハラハラと崩れ落ちた。
ジーーーーーーーーーーーーーーー
「蛍光灯ってこんなにうるさかったっけ」
小さな小さな音ですら耳について離れない
ジーーーーーーーーーーーーーーー
「確かにお前が選んだお気に入りだったけどさ」
ジーーーーーーーーーーーーーーー
「別に、カーテンまで持っていかなくったっていいのに」
『カーテンは絶対この色と柄にしたい。これすごく気に入った!』
ジーーーーーーーーーーーーーーー
「確かに俺がプレゼントした花だけどさ」
ジーーーーーーーーーーーーーーー
「別に、置いていかなくたっていいじゃんね」
『×××××っていう花がすごくいい香りで癒されるんだよ』
ジーーーーーーーーーーーーーーー
「いつもみたいにコップ持ってきてくれよ」
『誰が触ったかわからないんだから口をつけたら汚いじゃん』
ジーーーーーーーーーーーーーーー
『せめてウエットティッシュで拭いてよ』
ジーーーーーーーーーーーーーーー
『ごめん、別れたい。同棲解消したい。』
ジーーーーーーーーーーーーーーー
『好きな女の子ができた。やっぱり、僕は……』
ジーーーーーーーーーーーーーーー
「俺も、お前も、もう用無しみたいだ…」
ジーーーーーーーーーーーーーーー
花を見つめる視界がゆらゆらと揺れ、ぼやける。
ジーーーーーーーーーーーーーーー
残り半分のチューハイを一気に流し込む。
ジーーーーーーーーーーーーーーー
『グレープフルーツが一番好きなんだ』
ジーーーーーーーーーーーーーーー
「やっぱり………苦いじゃん…」
ジーーーーーーーーーーーーーーー
花びらと一緒に自分の涙がポタポタと床に落ちた。
ジーーーーーーーーーーーーーーー
ゼラニウム
ジーーーーーーーーーーーーーーー
君ありて
ジーーーーーーーーーーーーーーー
幸福
ジーーーーーーーーーーーーーーー
ジーーーーーーーーーーーーー
ジーーーーーーーーーーー