第一話 中山ユータ
「キャバ嬢のお姉さん!」
ネオン街のど真ん中、普段絶対に会話する機会のないような
お洒落な若い男に呼び止められた。
ホストでも接待帰りのサラリーマンでもタコ社長でもない、
本当に水商売に縁のないような大学生位の男の子。
何?
と返事するより前に、
「お茶買って!」
ああ、確かに具合悪そうだけど。
相当酔っ払ってるね。
まあ、
顔は、
イマイチだけど、雰囲気イケメンかな。
「小銭、全部あげる。イチ、ニ・・・700円はあるか。」
ジャリ銭全部手渡して、目で「じゃあね」と言って立ち去ると、
「え、待って!買ってよ!お茶!
キャバ嬢のお姉さん!
お姉さん!!」
なんでキャバ嬢って決めつけてんだろ。
そうだけど。
「それだけあれば買えるでしょ?」
「え、そうだけど、待って、止まって話そ?」
「お茶が欲しいんでしょ?」
こんな人通りの多い場所で雰囲気イケメンと楽しくお喋りしてる所
誰かに見られたら、何言われるかわからない。
「お茶じゃないよ、実はナンパっす。」
「顔色悪いよ、お茶買って帰れば?」
「えー!」
正直、ナンパは最後にされたのがいつか覚えてない位久しぶり。
見るからに水商売の私が、この街でナンパなんて嬉しいサプライズ。
まんざらでも無いどころか、普段私の周りにいないタイプの
はつらつとしたこの男の子と、仲良くなりたい下心が私に芽生えた。
「この辺はまずいから。
木下公園まで離れて歩いてついて来て。」
本当についてくるかな。
まあ私も少し酔ってるし、酔い覚ましに少し歩くのもいいか。
「お姉さんて有名人なの?」
「何人も黒い服の人が会釈してたよ!ねぇ!」
いたんだ。
そんな大きい声で話し掛けられるなら離れて歩いてる意味無いんだけど。
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ネオン街からそう遠くないわりに緑が多いこの公園は、死角も多くて
カップルに人気がある。
「寒っ!頭スッキリしてきた。」
「で、お茶は買ったの?」
「まだ。つーかいらない、お金返すよ!」
返す、あげる、返す、あげると何度か繰り返して、
公園内の自販機でカイロ代わりに買えるだけ飲み物を買った。
「公園で男の子と二人っきりなんて、高校生の頃以来かも。」
「高校生の頃そんな可愛い事してたんだ。」
「はは、まあね。」
薄暗いからか、雰囲気イケメンがやたらと格好良く見える。
私の事もそう見えてるのかな。
キャバクラの照明効果に似てる。
「どっかお店入ろうよ、寒いし。」
「人に見られるからダメ。」
「えー!!キャバクラ長いの?」
「・・・・22歳を5年やってる。」
彼はやっぱり大学生だった。
年上のお姉さんて憧れる。なんて言ってくれたけど、
若い男の子はたいがいみんな気を使ってそのくらいの事
言ってくれることもわかってる。
「あ、名前。あ、やっぱいいや。
あだ名でも源氏名でもいいから何か教えて。」
「なにそれ、別に隠す事じゃないし。
お姉さんそうゆう感覚ズレてない?普段嘘ばっかついて生きてんだろ!」
「あー、そうか。ごめ。あー、じゃあ・・・
私・・・は・・・ニカ。あだ名が付きにくい名前でさ、みんなニカって
呼ぶから、ニカでいいよ。」
「ニカ・・・さん。ニカさんだな、やっぱ。」
「そう、まあ任せる。」
「俺はユータでいいよ!中山ユウタだから。」
ゆうた。ユウタ。ユータ。
ユータは大学でバイオの研究をしている事、
実家が九州にある事、
お酒に弱いのに友達に飲めないって言えずに無理しちゃう事、
色んな話をしてくれた。
私達は、何のとりとめのない話を延々と。
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「ねえ、初めて誰かとキスする時、いきなり奪う派?
それとも、していい?って聞く派?」
「俺は男らしく奪うねっ!」
「えー!絶対そうゆうタイプじゃないよね!」
「なんだよ!じゃあ、奪うぞ?」
「それって聞いてからするようなもんじゃん!ははっ」
血管が浮いてるユータの手の甲を、喉仏を、唇を、触りたいと
思ったり。
そんな自分にハッとして我に返ったり。
私、欲求不満なのかな。
そんな自分が不安で、そろそろ帰ろうと切り出した。
「じゃあ、今度は先輩と飲みに行くよ!」
「やめてよ、来ないで!あー、余計な事喋るんじゃなかったな。」
「でももう知っちゃったし。行くよ!」
「ははは!いいよ、やめてって!ユータが相手じゃ
仕事になんないよ!」
「じゃあ、また会える?」
なんでそんなに遠慮がち?
会えるに決まってる。
会いたいに決まってる。
たった小一時間一緒にいただけなのに、
こんなに惹かれた。
「ユータ」
触りたかった順に、
触る、
手、
首すじ、
顔を触ると、
「その気になるだろ。」
力強くて、でも下手なキス。
それでも気持ちいい。
「ちゃんと奪えるじゃん。」
「まあね、言っただろ?」
「ふふ」
「あー、だめだ。もう、離れよっ?我慢できなくなる!」
「したい?」
「そりゃしたいっす。」
「ここで・・・する?」
ユータの首にまわしてあった手を、
下に、
下に、
伸ばす。
あ
「やっぱり!」
反応がいいのは若いからかな。
「あ、え・・・?」
ユータの冷たい手を、
私の胸で暖める。
「まっ、ちょっと・・・!!!」
「ニカ・・・さん、人に、見られる・・・よ?」
わかってる。
でも。
「あああ、やっぱやめよう!!」
息を荒くしてるのに、理性に勝ったのか、
私が嫌だったのか。
チャックを上げながら私から離れる。
いや、違うんだ。と何か一生懸命言ってるけど聞こえない。
「あー、気にしないで。」
これが私が言った精一杯の言葉で、ユータの顔はもう、
見れなかった。
「あー、うーん、帰ろっか。」
明るく言ってみたりする。
「あ、あの、ニカ・・・さん?」
続きが聞きたくてしばらく待ったけど、
何か言いたそうで、でも、何も言わなかった。
急に、急に、気まずい。
自分に正直に行動しすぎたかな。
「じゃあ・・・あたし帰るね。」
多分笑顔で言えたはず。
少しユータに声をかけられるのを期待しながら。
歩く。
私からは振り返らない。
恥ずかしくて振り返れないよ。
声、聞こえてこない。
足音も聞こえない。
ユータはいつまであの場所にいたんだろ。
「とんだ痴女だったな。」自虐的な独り言。
白けた気持ちと恥ずかしさと後悔で、
その夜は寝られなかった。
つづく