08:絶体絶命
感想をお待ちしております。
帝都を出た五人の少年少女たちは森へ戻り、魔石探しを再開した。
時刻は午後四時。日没まで三時間近く残っている。彼らはこの間にできるだけたくさんの場所を探して回る予定だった。
自分たちだけで魔石を見つけてやるんだ。そして、ガウスさんを驚かせるんだ。
早く一人前の魔石ハンターになりたい。ガウスさんに認めてもらいたい。だから、もっとたくさん修行をしよう。
彼らは向上心が強いハンターだった。やる気十分で根性がある。ガウスは彼らのそういう部分を見込み、自ら先生役として後輩たちを指導することに決めたのだった。
魔石ハンターにとって重要なのは、諦めない気持ちである。探しても探しても、一向に魔石が見つからないこともある。だが、それでも諦めずに根気よく粘り続けられる人間が、この職業に向いている。
魔石が見つからず、すぐに投げ出してしまう者は多い。そのため、魔石ハンターの後継者が十分に育たないことが現時点での課題となっている。
茂みの中をもう一度探すことにした。さっきは見ていなかった場所を中心に探っていく。
クレアは草をかき分けた。すると、鹿のものと思われる骨を発見。よし、この近くに魔石も落ちているかもしれない。
他の四人も茂みの中を這いつくばっている。全員真剣な顔をしていた。
「そっちはどうだ? 見つかったか?」
「ううん、全然ダメ。骨は落ちてるんだけど……」
「まだあっちの草むらは見ていないよね? あたし、ちょっと見てみる」
「あんまり遠くに行くなよー」
まだ誰も魔石を見つけることはできていない。
見落としているだけ、と考えることもできる。だが、一つも落ちていないということもあり得る。
これはあくまで確率論なのである。茂みや池の近くには魔石が落ちている可能性が高い。しかし、必ずそこにあるという確証はない。ただ闇雲に探すよりも、落ちている確率が高い場所を探した方が効率的である、というだけのことだった。
「あっ! あった!」
奥の茂みで探していた少女が声を上げた。
ついに魔石が見つかった……?
まさか……と思い、全員が彼女のところへ駆け寄る。
「ホントかよ」
「見せて見せて」
彼らは興奮気味だった。
「ねぇ、これって魔石だよね……?」
「んー? どうだろう」
「いや、違うんじゃないか?」
少女が手にしていたのは、透明なガラスのようなものだった。
割れた瓶の破片か何かだと思われる。
「材質が明らかに魔石のそれとは違う。残念だけど、これはハズレだよ」
「そんなぁ……。嘘でしょお……」
期待が一気に落胆へと変わる。
やはり、魔石探しはそう簡単に上手くはいかないみたいだ。
それでも彼らはめげない。時間はまだある。
「よし、今度は池に行ってみよう」
そういったのは、広場でナイフを自慢していた少年だった。彼はこの中で最もリーダーシップがある。ガウスに内緒でハンティングに戻ろうと提案したのも彼であった。
「はぐれないように、一列になって歩こう。慌てず、落ち着いて行動するんだ」
単独行動をしてはならない、というガウスの教えをしっかりと守る少年少女たち。全員揃って池がある場所へ移動する。
日が傾いてきた。森の中は少し暗くなってきたように思われる。
だが、まだ視界はハッキリとしている。完全に暗くなる前に引き返せば大丈夫だ。
「さっきは池のこっち側しか見ていなかったよな。今度は向こう岸へ行って探そう」
「そうね。まだ確かめていない部分がたくさん残ってるわ」
池の周りを歩く一行。その間も、目線を下に向けながら、魔石が落ちていないかチェックする。
「ここの池、水がすごく綺麗ね」
一人の少女が言った。
確かに綺麗な水だった。濁りはなく、池の底が見えるくらい澄んでいる。魔族たちがここで水浴びをしたがる理由もわかる気がする。
クレアはふと、今夜のことを考えた。異世界に来て一日目の夜になるわけだが、今日は風呂に入れなくても仕方ないか……と。
いっそのこと、今のうちにこの池の水で体を洗っておこうかとも考えた。でも、冷たい水だと風邪を引きそうなので、やっぱりやめておくことにした。
「さぁ、ドンドン探すぞ」
さっきの場所からちょうど正反対にあるところへ来た。まだ一度も探していないゾーンだ。
魔石が水中に沈んでいる可能性もある。さっきガウスが見つけたものもそうだった。
身を乗り出し、池の中を覗き込むクレア。どこかに魔石が沈んでいないだろうか……。
「きゃっ! 冷たいっ!」
「ホントだ。この池の水、かなり冷たいぞ」
水に手を入れる少年少女たち。そろそろ喉が渇いてきた頃だろう。全員が池の水をすくって飲み始めた。
クレアも水を飲むことにした。両手ですくって、口元へ持っていく。
「美味い……」
こんなに美味い水は今まで飲んだことがない。異世界の水は元いた世界の水よりも、ずっと美味いではないか。
もう一口飲む。冷えた水が喉を通り、それから身体に浸み渡ってゆくような感じがした。
喉が潤ったところで、探索再開だ。
まだまだこれから。見つけるまでは諦めない。
クレアは意地になっていた。
他のメンバーも血眼になって探している。
彼らは時が過ぎてゆくことを忘れるくらい、魔石探しに没頭したのだった。
そして、それから数時間が経過した。
まだ一つも魔石は見つかっていない。
だが、日没が迫っている。これ以上の探索は控えるべきだろう。
「ねぇ、そろそろ戻らない? もうすぐ日が沈むわ」
「あっ、ヤバい。もうこんな時間か……」
タイムオーバーのようだ。あっという間に時間が過ぎてしまった。
まだ続けたいところだが、今日はここで終わろう。暗くなってからでは遅い。
(最悪だ。何も成果を得られなかった……。今夜は野宿決定だな……)
絶望するクレア。異世界生活は前途多難である。
日が暮れる前に、彼らは森を出ることにした。
魔石ハンターは引き際を見極めることが大切だ。ガウスもそう言っていた。
今がちょうどその引き際だといえるだろう。取り返しがつかなくなる前に、ハンティングを切り上げる必要がある。
若いハンターたちは冷静だった。無理をしてはいけない、というガウスの教えに忠実に従うことを選んだ。
一行は池を離れ、森の出口へ向かって歩き始める。
かなり暗くなってきた。日が沈み切ってしまう前に森を抜けないと……。
だが、不思議なことに、歩いても歩いても、なかなか森から出ることができないのである。
「おかしいな……。方向は間違っていないはずなのに」
「全然出口が見えてこないわね。もしかして私たち、反対の方向に進んでるんじゃない?」
「まさか、そんなはずは……」
不穏な空気が漂ってきた。少年少女たちの顔に焦りの色が見え始める。
気温が下がってきている。昼間よりも空気が冷たくなっていることがわかる。
これはいけない。本格的に迷子になってしまったようだ。
もうすぐ魔族たちが目を覚ます時間になる。危険な状況が迫っている。
「やっぱり道を間違えているんだよ。あっちが正解なんだって」
「いや、こっちで合ってるはずだ」
「でも、こんなに長く歩いてるのよ? あたしたち、いつの間にか森の奥に入り込んじゃってるんだわ」
「くそっ! なんでもっと早くおかしいと気づかなかったんだ!」
苛立ちを見せる少年少女たち。
クレアは一人、黙々と考えを巡らせていた。
(確かに私たちは来た道を引き返している……。それなのに、なぜ出口が見えない?)
「じゃあ、あっちへ進もう。もし俺たちが逆方向に進んでいたのなら、あっちに出口があるはずだろ?」
「そ、そうだけど……。本当に大丈夫なの?」
「何がだよ?」
「もう真っ暗で見えないし……」
「うっ……」
日が沈んでしまった。森の中はすっかり光を失っている。先の方は何も見えなくなっていた。
視界不良。これではもう、動きたくても動くことができない。
もし魔族の巣穴の方に向ってしまったら……。逃げるとしても、どこへ向かって逃げればいいのかわからない。
もうここで一晩過ごして、夜が明けるのを待つべきではないか。いや、そうすれば、ここにいる間に魔族が現れるかもしれない。見つかってしまったら大変だ。やっぱり留まるべきではないのか……。
「うう……お腹空いたぁ……。もう晩御飯の時間だよぉ」
「そんなこと言ってる場合かよ。早く案を出さないと。何かこの状況を打開するための方法を探すんだ」
焦り始める若きハンターたち。
彼らは皆、やっぱりガウスさんの忠告を無視するんじゃなかった、と後悔し始めているのだった。
ガサガサ……。
何かが草をかき分けるような音が聞こえる。
「ね、ねぇ。今、向こうから音がしなかった……?」
一人の少女が怯えた様子で言った。
か細い体をブルブルと震わせている。
「おい……。そんな怖いこと言うなよ……」
「だって、ホントに聞こえたんだもん……」
「じょ、冗談はやめてよね」
ズン、ズン、と足音が近づいてくる。
それは全員の耳にハッキリと聞こえていた。
「嘘だろ……」
「そんな、まさか……」
ふしゅー、ふしゅーと鼻息のような音がする。
正体不明の「ソイツ」は確実にこちらへ向かってきている。
足音がドンドン大きくなる。
来る……。すぐ近くまで来ている……。
そして、茂みの奥からソレは姿を現した。
「んー、人間の匂いがすると思ったら、やっぱりここにいたんだなー」
真っ白な体をした二足歩行の化け物がいた。身長は三メートルを超えているだろう。
大きくて太い腕、大きな口、飛び出た腹。
まるで相撲取りのような体系をしている。動きは非常にゆっくりで、とても眠そうな顔をしているのだった。
額には角がある。青い色をした三角錐の石だ。
そう、これがガウスの言っていた魔石の正体。
つまり、この化け物は魔族なのである……!
「ひっ……!」
「あっ……ああ……」
恐怖で動けない少年。
目に涙を溜めながら、ガチガチと歯を鳴らす少女。
初めて魔族の姿を見たクレアは言葉を失っていた。
「おいらは、お腹が、減っているんだなー。とても、ペコペコ、なんだなー」
魔族は少年少女たちを見下ろしながら、舌なめずりをした。
口から涎が零れ落ちる。
早く逃げなくては……。
誰もがそう思っていた。だが、足が動いてくれないのである。
「人間の子供だぁ。美味そうなんだなー。んじゃ、いただきまぁーす」
魔族はその巨大な腕を伸ばし、手前にいた少女を片手で掴んだ。
「いやっ! いや! いやぁぁぁぁぁぁぁあ!」
泣き叫ぶ少女。足をじたばたさせ、必死で暴れるが、魔族はびくともしない。
「あぁーーーーーーーん」
大きな口を開く魔族。その口の中にはビッシリと歯が生え揃っていた。
「嘘っ! え、やだっ! やだ……! いや! やめてっ! ああああああああああああ!」
「ぱくぅー」
グシャ……という音がした。
魔族は少女の体を一気に口の中へ放り込み、咀嚼を始めた。
「んん~~~、むしゃむしゃ」
寝ぼけたような顔で少女をじっくり味わう白い化け物。
食べた……。この怪物は、人を……食べたのである……!
クレアはこれが現実に起こっていることだと思えなかった。
「うっ、うわあああああああああ!」
一人の少年が大声を上げながら、その場から逃げ出した。
クレアたちもそれに続いて、全力で走った。
逃げろ……逃げるんだ……。
ヤツに捕まれば、食われる……!
「待つんだなー。おいらは、まだ、腹ペコ、なんだなー」
すると、化け物は見た目にそぐわない速さで、クレアたちを追いかけてくるのだった。
「捕まえたぁー。なんだなー」
「うああああああっ! 離せ! 離せぇえええええええ!」
少年が捕まった。
「いただきまーす、なんだなぁー」
ガブリ。
二人目が食われてしまった。
あっという間に少年は噛み砕かれ、化け物の胃袋に収まった。
「アイツめ、一体どれだけ食うつもりなのだっ……!」
クレアは一目散に走った。今自分がどの方向に進んでいるかなど、気にしている暇もなかった。森の奥へ向かっているのか、出口に向かっているのか。そんなことは知ったことじゃない。
とにかく逃げなくては。逃げなければ捕まる。
捕まれば……死ぬ。
「まだ足りないんだなー」
魔族が再び追ってくる。
なんて足の速さだ。あの巨体で、どうしてここまで素早く動くことができるのか。
「た、助けて! やだぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
もう一人の少女が捕まってしまった。
両足首を掴まれ、逆さ吊りになった状態で彼女は泣き喚いている。
「あぁーーーーーん」
口を開け、少女を頭から丸呑みする化け物。
ゴリゴリと骨を砕く音が鳴り響く。
「デリシャス、なんだなー」
魔族は走りながら人を食っていた。
絶対に一人たりとも逃がさず食うつもりのようだ。
このままでは追い付かれる。
ここで、ナイフを持った少年が急に立ち止まった。
彼はナイフを構え、化け物に立ち向かうことを決めたのだ。
殺されるくらいなら……殺してやる!
「おおおおおおおおお!」
ナイフを向けながら化け物に突進していく少年。
急所を突いて、一撃で仕留めてやる……!
しかし……。
「ドーン! なんだなー」
「ぐはぁっ……!」
巨大な腕によって振り払われてしまった。
ナイフは茂みの奥へ飛んでいった。少年は突き飛ばされ、木に体をぶつけた。
そして、そのままぐったりと倒れて動かなくなった。
化け物は彼を拾い上げ、またしても一口でパクりと食べてしまった。
「ムシャムシャ……。あと一人、なんだなー」
とうとう、残っているのはクレアのみとなった。
少年が食われている間に時間稼ぎをすることができたクレアは、魔族から距離を取った位置にいた。
足音は聞こえない。これ以上は追ってこないのだろうか。
もう四人も食ったのだ。さすがに腹も膨れただろう。
満腹になった魔族は、自分を見逃してくれるんじゃないか。
そんな期待を抱き始めていた。
「うあっ……?!」
途中、クレアは地面から隆起した木の根に躓き、足をくじいてしまった。
勢いよく前に転び、倒れこむ。
「ぐっ……」
ズキズキと右足首に痛みが走る。
ずっと全力疾走していたため、息が切れてしまった。足が痛い。もう走れない。
魔族は……まだ追ってこない。
もう逃げる必要はないのかもしれない。それに、動き回ることもできない。
こうなれば、ここで一晩過ごそう。茂みに隠れて、朝が来るのを待つんだ。
何も出てこないことを祈りながら……。
茂みの奥に潜り込み、体育座りの状態になるクレア。まずは乱れた息を整えることにした。
冷静になれ。慌てるな。魔族の活動時間である夜が終われば、ここから抜け出せばいい。
大丈夫。息を殺して潜んでいれば、きっと見つかることはない……。
そう思うことにした、その時だった。
ズン、ズン、ズン。
「どーこかなぁー、なんだなー」
そんな……! 嘘だろう!
魔族はまだ追ってきていたのだ。
ヤツはクレアも食うつもりなのだった。
足音が迫る。緊張が走る。
「んー、匂いがするんだなー」
まだ姿は見つかっていない。しかし、アイツは鼻が利くらしい。
これでは見つかるのも時間の問題だ。いずれ隠れている場所を特定されてしまうだろう。
「こっちの方から匂うんだなー」
クレアは震えていた。涙が出そうだった。
胸の鼓動が速くなる。未だかつてない速さで心臓が脈打っている。
……怖い。怖い怖い怖い怖い怖い!
見つかれば死ぬ。食い殺されるという恐怖。
魔の手はすぐ近くまで迫っている。どうかこのまま、見過ごしてくれないだろうか……。
「みぃーつけたぁー、なんだなー」
ニチャア……と口角を上げて、涎を垂らしながら、クレアの顔を覗き込む化け物。
涎がクレアの体にべちゃべちゃと降りかかる。生臭い、血の匂いが混じった唾液を全身に浴びる。
ああ、終わった……。
クレアは死を覚悟した。
お読みいただきありがとうございます。
感想をお待ちしております。