07:魔石ハンティング
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ガウスに連れられて、クレアはとある広場にやって来た。
そこでは四人の若いハンターたちが、ガウスの到着を待ちわびていた。
「すまねぇ。遅くなった」
「あ、ガウスさん! もう、先に出発しようかと思いましたよ」
「悪い悪い。ちょっと新人ハンターの発掘に時間がかかってしまってな。紹介するよ。この子が今回、新たに俺たちの仲間に加わったクレアちゃんだ。仲良くしてやってくれ」
まだ仲間になるとは言ってないぞ、とクレアは思った。
「おっ、よろしく!」
「わー、可愛いぃー! よろしくね、クレアちゃん!」
クレアは突然やって来た見ず知らずの人間だが、意外と歓迎されているようだ。
ライバルが増えるかもしれないのに、誰もそのことを気にしている様子はなかった。ガウスが言っていたように、魔石ハンターたちの間では、同業者を増やすことがメリットに繋がるという共通の認識が存在しているのだろうか。
ガウスのチームには、男女それぞれ二人ずつの若者がいた。
彼ら若いハンターたちは、まだ魔石ハンティングを始めてから日が浅いのだという。だから、経験豊富なガウスに付き添うことにしているらしい。
このグループの中では、ガウスはいわば先生のような立場だった。
駆け出しハンターたちはガウスをそれなりに慕っている様子である。このことから、彼のハンターとしての才能は優秀であると見ていいのかもしれない。
「んじゃ、行くか。くれぐれも単独行動はするんじゃねぇぞー」
ガウスの合図でハンター一行は広場を出発することになった。
「ハンティングはどこで行うのだ?」
「魔族の巣穴に近い森の方だ。でも大丈夫。そこまで奥には行かないよ。あくまで探索を行うのは森の周辺だけだからな。魔族は夜になると、森から出て餌を探すためにウロウロ歩き回る習性がある。だから、森の周辺に魔石を落としている確率が高いんだ」
ガウスは得意げに語った。彼は魔族の生態について詳しく知っているようだ。魔石ハンティングのベテランだと言っていたが、伊達に長くやっているわけではないらしい。
帝都の街を出て、しばらく歩いていると、森が見えてきた。人里から少し離れた場所で、魔族は生活を営んでいるらしい。
思っていたよりも近い場所に魔族はいるようだ。人間と魔族は隣り合わせになって暮らしているのだった。
だが、魔族が人間の生活領域に踏み込んでくることは滅多にないという。魔族といえど、彼らはそこまで凶悪な存在というわけではない。昔は人間と魔族が対立し、戦争が起こったこともあるそうだが、それはもう数百年も前の話だ。
戦争では人間側が勝利し、それ以来、魔族たちは大人しく暮らすようになったという。元々、魔族は好戦的な種族ではないらしく、揉め事はできるだけ避けたいと考えているとのことだ。
「よし、この辺でいいかな。では今から、ガウス様の特別授業を開始する!」
森の手前にやって来たところで、ガウスが立ち止まった。
ここでようやくレクチャーが始まるみたいだ。
「この森は初心者が経験を積むにはピッタリの場所だ。そこまで危険な魔族は住んでいないし、ほとんどが大人しい奴らばかりだ。でも迷子になると厄介なので、地図をちゃんと見ておくんだぞ」
ハンターたちはしっかり地図を持っていた。しかし、クレアだけ持っていなかった。当然だ。今日この世界にやって来たばかりで、急遽ハンティングに参加することになったのだから。
「ほら、クレアちゃん」
「ああ、すまない」
ガウスが地図を貸してくれた。彼はまだもう一枚、予備の地図を持っている。準備の良い男だった。
森では迷子になりやすい。だが、森の中には池や標高の低い山があるので、それを目印にするといいらしい。とはいえ、今日は集団で行動するので、この土地に詳しいガウスについていけば、迷うこともないだろう。
「まずはここだ。茂みの中。魔族は食い終わった動物の骨を茂みの中に隠す癖がある。その時に角……魔石を落としているかもしれないんだ」
草をかき分けるガウス。それに倣って他のハンターたちも捜索を始めた。
この下にお宝が眠っているかもしれない。それを見つければ、大金が手に入るかもしれない。
クレアは必死になって魔石を探した。
だが、魔石と思われるものは見つからなかった。魔族が食ったと思われる動物の骨は見つかったので、探す場所は間違っていなかったといえるのだが……。
次に彼らが向かったのは池だった。魔族は池の水で体を清める習慣を持つ。
水辺に魔石が落ちていたという事例は数多く報告されており、ガウスもそこで魔石を拾ったことが何度もあった。
「ないなぁ。本当に落ちてるんすか?」
少年のハンターが言った。
「諦めるのはまだ早いぞ。ほら、見てみろ。ここに青い石があるだろ」
池の浅いところに一つの石が沈んでいる。よく見なければ気づかない大きさだった。
池に手を入れて、石を拾い上げるガウス。
「これが魔石だ。小さいが、そこそこの価値がある。指輪やネックレスの飾りに使われる石なんだ」
「へぇー。確かに綺麗ですもんね」
「私、この魔石好きかも」
あんなに小さなものが、高く売れるというのか……。
クレアは関心を抱いた。
魔石を探すには注意深さが必要だが、訓練を積めば見つけられる頻度も増えていく。ガウスはそう力説した。
その後、彼らは複数の個所を回ったが、目立った成果を上げることはできなかった。
「今日はここまでにしよう。そろそろ帰るぞ」
ガウスが言い出した。
「え? でもまだ日は高いですよ。日没まで時間があるじゃないですか。もっと続けましょうよ」
「そうよ。まだ諦めたくない!」
若いハンターたちが異議を唱える。まだ収穫を得ていないのだ。こんなに早々と引き返すなんて、納得ができない。
魔族が活動を始めるのは夜。日が沈む前に森を出ればいい話だ。それなのに、どうしてこんなに早く切り上げるというのか。
クレアも同感だった。今日彼女が拾った魔石はゼロ。このまま手ぶらで帰る気など全くない。
「いいか、お前ら。魔石ハンティングに必要なのは引き際を見極めることなんだ。まだお前らにはわからないだろうが、経験を踏んでいくうちに、今日はもうここでやめておいた方がいいと、直感が働くものなんだ。悪いことは言わない。身のためだと思って俺に従え。今日は少し風向きが変だ。嫌な予感がする。これ以上は危険だ」
ガウスは真剣な表情で彼らを説得しようとしている。
「えー、そんなぁー」
「何なんですかぁ、風向きって」
不満を漏らす教え子たち。説得力の無い理由を述べられただけでは、ハンティングを切り上げる気になどなれるはずもなかった。
「いいから言うこと聞けって……。それに、ほら。チャンスはこれからまだまだたくさんあるわけだし、何も慌てる必要はないじゃないか。心配すんな。俺はお前らを置いて一人でハンティングに行ったりしないからさ」
ガウスになだめられた教え子たちは、渋々彼の言う通りにすることにしたのだった。
まだ空は明るいが、ハンターたちは森を出て帝都に戻り始める。
クレアは……まだ納得していなかった。
彼女は他のハンターとは事情が違うのだ。金を一切持たない彼女は、今日の宿すら確保できないのである。収入ゼロでは困る。だから、何としてでも稼がなくてはならない。
(このまま帰るだと……? ふざけたことを言うな。私は今すぐ金が必要なのだ)
集団から抜け出して、今から一人で森に戻ってやろうか、とも思った。
だが、単独行動は危険だというガウスの言葉が耳に残っており、それが彼女を思いとどまらせるのであった。
もやもやした気持ちを抱えたまま、ハンターたちは帝都の広場に戻ってきたのだった。
「じゃ、今日は解散だ。気を付けて帰れよ。次は明後日だ。天候が良ければ、また今日と同じ森へ行く。だが、探索エリアを少し変えてみる。そこなら魔石が見つかるかもしれない。集合時間は昼の一時だ。場所はここ。遅れるんじゃないぞ」
そう言い残し、ガウスは去った。
「ふー、やれやれ。明日は家の手伝いか……。気分が乗らねぇなぁ」
煙草を咥えながら家路を歩くガウス。
そしてそのまま、人ごみの中へと消えてゆくのだった。
広場にはクレアと若者のハンターたちが残された。
ガウスの姿が完全に見えなくなってから、一人の少年がこう言い出した。
「なぁ、今からもう一回、さっきの森へ行かないか?」
なんと、ガウスの指示を無視して魔石ハンティングを再開しようというのだ。
「あ、私もそうしようと思ってたの。まだ日没まで時間あるし、余裕でしょ」
「うんうん。僕も行くよ。あの森なら迷う心配もないし、地図も持ってるから」
他のメンバーも同じ考えを持っているようだ。
「あたしも行きたい。クレアちゃんも来ない?」
ハンティングの延長戦に誘われたクレア。
もちろん、彼女も今日の成果には満足できていない。
しかし、初心者だけで森へ入るのは危険だ。もしものことがあれば……。
「大丈夫だって! もし魔族に遭遇したら、この俺が倒してやるからさ。見ろよ、このナイフ。すっげぇ形してるだろ。刃がギザギザになってて、引き抜く時にも大きなダメージを与えることができるんだ。急所に刺せば魔族だって一撃だ」
「おー、かっこいいな! どこで買ったんだよ、それ」
「へへっ! カーチスさんところの鍛冶屋だよ」
ま、これだけの人数がいれば大丈夫だろう。武器もあるようだし、いざという時はコイツらを囮にして逃げれば……。
クレアのクズ思考が働き始めた。
「そうだな。私も行こう」
彼らに同行することに決めた。
「よっしゃ。リベンジマッチだ! 張り切って行くぞぉー!」
初心者ハンター五人は森に向って再び歩き出した。
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