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05:偵察

感想をお待ちしております。

 荷馬車に乗ったまま、しばらく草原を進んでいると、前方に街が見えてきた。壁のようなものが建物の周囲を覆っている。

 

 巨大な城壁に囲まれた都市。そう、あれがクレアたちの目指している帝都だった。


 想像していたよりも遥かに大きい。あそこなら多くの人が住んでいるだろう。あの街にはきっと自分が求めているものがあるはず。

 クレアの胸は高鳴った。


 「もうすぐですぞ」


 しばらくして、ようやく城壁の前までやって来た。ここが帝都への入り口だった。

 おじいさんは荷馬車を停止させ、門の前で警備を行っていた兵士に通行許可証を見せる。


 「では荷台を確かめさせてもらう」


 二人の兵士が荷台に積まれたおじいさんのタンスを調べ始めた。布をめくると、タンスの姿が露わになった。


 こげ茶色の立派なタンスだった。表面は丁寧に塗装されており、とてもなめらかで光沢がある。自分の家にも一つ欲しい、とクレアは思った。


 (おっと、今の私は自分の家すら持っていないのだったな……)


 仕事も見つけなければならないが、その前に住む場所を確保しなくてはならない。多分、しばらくは野宿生活をすることになるだろう。

 食事はどうするのか。風呂に入れないのは嫌だ。風邪を引いたとき、診察を受けられる病院やちゃんとした薬はあるのだろうか。問題は山積みだった。


 兵士はタンスと一緒に荷台に乗っていたクレアをジロジロと見ていた。どうやら、彼女のことを荷物に紛れ込んで密入境する怪しい人物だと疑っているようだ。


 彼らの手には鉄の槍が握られており、少しでも不穏な動きを見せれば、それで体を貫かれてしまうのではないか、とクレアは感じた。


 すると、おじいさんが「そちらは孫でございます」と言って、上手く誤魔化してくれた。


 「よし、通れ」


 調査が終わり、通行の許可が下りた。

 荷馬車が再び前進を始める。


 城門をくぐる。すると、車輪がガラガラと音を立て始めた。

 門の外部は舗装されていない土の道だったが、内部には灰色の石畳が広がっていたのだ。


 さすが帝都だ。さっきまでの草原とは違い、道路からも生活感が溢れ出している。


 人がいる。一人や二人どころではない。あちこちにいるのだ。

 たくさんの人とすれ違いながら、荷馬車は街の奥へと進んでいく。


 レンガ造りの家々が建ち並んでいる。二階建ての家がほとんどだった。屋根は赤や青で塗られており、おしゃれな雰囲気があった。

 

 大きな広場の横を通る。広場の中央には噴水があり、その近くにはベンチに座りながら新聞を読んだり、談笑している人々の姿が見受けられた。


 屋台のような出店もあった。そこではクレープのようなお菓子が売られていた。若い女性客がそれを買い、美味しそうに頬張り始める。


 店と思われる建物には、様々な看板が掲げられている。「本 BOOK」、「パーマ&カット」、「喫茶みるく」、「WATSON's BAR」といった文字が並んでいた。


 どれも日本語や英語ばかりだった。ここは日本ではないのに日本にいるような気分になった。これならこの世界でも読み書きや会話に困ることもないだろう。クレアは安堵した。


 「この辺りでよろしいですかな?」


 クレアを帝都に送り届けたおじいさんは、そろそろ彼女を荷台から降ろすことにしたようだ。


 「わざわざすまなかったな。おかげで助かったぞ。礼を言う。ところでなのだが、せっかくなので私もタンスの納品に付き添ってもいいだろうか? まぁ、ダメだというならここで降りるが」

 「もちろん構いませんよ。是非見ていってくだされ」


 というわけで、クレアはおじいさんと一緒に貴族の家へタンスを届けに行くことになった。


 だが、彼女はただ何となく納品を見届けたかったという理由で、同行すると言い出したわけではなかった。彼女には明確な意図があったのだ。


 貴族の家を偵察すること。それが本当の目的であった。


 この世界の貴族はどのような家に住み、どのような暮らしを送っているのか。その様子を知りたいと考えていた。まずは「貴族」と呼ばれる人間の生活レベルをチェックすることで、この世界の経済や文化のスケールを把握しておこう、という魂胆だ。


 荷馬車が向かったのは、街の外れにそびえ立つ一軒の大きな屋敷だった。

 石レンガで造られた建物。かつてクレアが住んでいた屋敷にどことなく似ている気がした。


 「このお屋敷のようですな」


 おじいさんは荷馬車から降りて、屋敷の扉の前に立った。


 コン、コン、コンと優しくドアをノックするおじいさんだったが、ドアのすぐ横に呼び鈴があることに気づき、そのボタンを押した。「キンコーン」と鐘の音が鳴る。


 しばらくすると、一人のメイドがドアを開けて中から現れた。細身で眼鏡をかけたオカッパ頭の若い女だった。肌の色や髪色、顔立ちといい、まるで日本人のような見た目をしている。


 「どのような御用でしょう」


 メイドが尋ねる。


 「ウィリアムさんのお屋敷でよろしいですな?」

 「はい。そうですが」

 「ご注文のタンスを届けに参りました」

 「ああ、その大きな荷物ですね。かしこまりました。少々お待ちください。旦那様をお呼びいたします」

 

 数分後、メイドとともにこの屋敷の主人と思われる男が現れた。

 口周りに髭を生やした白髪の中年男性だった。


 「お元気そうで何よりです、ウィリアム様。この度はお買い上げありがとうございます」


 そう言って、おじいさんは深々と頭を下げた。


 「おお、これはこれは。わざわざ遠方からご苦労様です。さっそく届けに来てくれたんですね」

 「はい。丹精込めて作りました。きっとお気に召していただけると思います」

 「それは楽しみだ。ハナ、他の使用人たちを呼んできてくれ。全員だ。家具を運んでほしい」

 「かしこまりました」


 そう言い残して、メイドは屋敷の中に引き返していった。


 「……おや? そちらのお嬢さんは?」

 

 ウィリアムがクレアの存在に気づいた。


 「臨時のアルバイトでございます。運んでいる最中に荷台からタンスが落ちることがないように、見張りを頼んでいたのですよ」


 またしても、おじいさんが上手い言い訳を考えてくれた。


 「なるほど。お嬢ちゃん、今いくつなのかな?」


 背が低いクレアの目線に合わせるような形で前屈みになるウィリアム。

 子供扱いされていると感じ、クレアはムッとした。


 「私は十六だ」

 「おっと、これは失礼。もう成人しているんだね」


 成人、とウィリアムは言った。


 クレアはまだ十六歳。日本では未成年とされる年齢だ。成人と呼ばれるのは二十歳から。ところが、この世界では十六歳はすでに成人に分類されるらしい。これは驚きだった。異世界に来て初めて遭遇した「常識の違い」である。


 ハナと呼ばれていたメイドを含む五人の使用人たちが屋敷から出てきた。

 そのうちの二人は女性だった。ハナともう一人の他の若いメイド。あとの三人は男だった。黒服の中年男と初老の執事、そして見習いの小僧である。


 「こちらがご注文の品でございます」


 おじいさんが布を取り去る。

 すると、タンスを目にしたウィリアムが感嘆の声を上げた。


 「これは素晴らしい。ああ、なんて美しいタンスだ」


 どうやら気に入ったみたいだ。

 クレアもおじいさんもホッとした気分になった。


 五人の使用人たちは、ウィリアムが指定する場所まで力を合わせてタンスを運んだ。傷をつけないように慎重に扉をくぐり、部屋の中へ運び込む。


 「もうちょっと左に。あっ、行き過ぎ。そう、そっちだ」


 タンスの置き場所に細かくこだわるウィリアム。ようやく納得できる場所に配置することができた。


 使用人たちは「ふぅ~」と息を吐きながら、額の汗を拭った。


 「素晴らしいタンスを置くと、部屋がより華やかになった気がしますな」


 ウィリアムは満足そうに話した。


 (重厚感のあるテーブルに高級の絨毯……。大きな振り子時計もあるな。ソファもいい素材のクッションを使っている……)


 クレアは密かに屋敷の部屋を観察していた。

 彼女が暮らしていた屋敷に引けを取らない荘厳な造りをしており、家具も立派なものばかりだった。使用人たちの質も高く、このウィリアムという男は相当の金を持っていると思われる。


 この世界の貴族もなかなか侮れないな、とクレアは思った。


 ジリリリリン!


 ここで突然、ベルの音が鳴り響いた。


 火災警報装置か? いや、まさか。いくらこの屋敷でも、そこまで優れたものが備わっているはずはないだろう。


 音が聞こえてくる方を見る。そこには電話機があった。ダイヤル式の黒電話だ。

 どうやらこれが鳴っているようだ。この世界にも電話が存在しているらしい。


 メイドのハナが受話器を取る。


 「旦那様、ケルン伯爵からお電話でございます」

 「うむ」


 伯爵と呼ばれる人物と繋がりがあるようだ。電話の話声を聞いていると、「議会」や「予算」といった言葉が出てきたため、ウィリアムはこの辺りで権力を持つ政治家である可能性が高い。


 クレアの目的は権力者となり、世界を支配することである。となると、いずれこの男も自分の配下に取り込む必要があるだろう。


 (今はただの小娘としか思っていないだろう。だが、私はいずれお前を超える。その時を待っているがいい)


 早くも仮想敵を作り出すクレアだった。


 そんなクレアの様子をハナは眼鏡のレンズ越しに冷めた目で見ていた。


 彼女は何かを感じ取っていた。クレアという少女が「ただ者」ではないということをすでに察知しているのだった。


 「小娘が……」


 ハナは小さな声で呟いた。


 「ハナさん、今何か言いましたぁ?」


 隣にいたもう一人のメイドが言った。

 ウェーブのかかった茶髪をした白人の少女である。


 「いえ、何でもありません。仕事に戻りますよ、カトリン」

 「はぁーい」


 カトリンと呼ばれたそのメイドは、パタパタと急ぎ足で、どこかへ駆けていった。残していた仕事があるのだろう。タンスを運ぶことになり、中断していた作業を再開するものと思われる。


 ハナもまた、クレアを一瞥してからその場を去っていくのだった。


 数分後、電話を終えたウィリアムが戻ってきた。


 「お待たせしました。仕事の打ち合わせをしておりましたもので……」

 「いえいえ。では、ウィリアムさん。私共はそろそろここで失礼させていただきます」


 おじいさんとクレアは屋敷を去ることにした。


 「遠方からありがとうございました。代金は掛けでお願いします」

 「承知いたしました」


 これでおじいさんの仕事は完了した。

 今度こそ、クレアとお別れだ。


 「ありがとう、お嬢さん」

 「いや、私は礼を言われることなど何もしていないぞ。こちらこそ感謝している。無理を言ってすまなかったな」

 「滅相もない。お嬢さんと話をしていると、死んだ孫娘が帰ってきてくれたような気がして私も嬉しかったのですよ。いい話し相手になってくださったおかげで、馬車を走らせている間も退屈せずに済みましたわい」


 優しく微笑むおじいさん。その表情はまさしく善人そのものだった。


 ここはクズが集まる世界である。だが、この世界の原住民には良い人もいる。女神が言っていたことは本当だったようだ。


 「私は旅を続ける。そなたも達者でやるのだぞ」

 「またいつかお会いしましょう。それまでどうかお元気で」


 こうして、クレアはおじいさんと別れた。

 おじいさんはすっかり軽くなった荷馬車を走らせ、南方の村へと帰ってゆくのだった。


 「さて、ここからが本番だ」


 クレアはニヤリと笑った。


 まずは、人が集まる場所へやって来ることができた。

 次は職探しである。


 世界を支配するための「軍資金」を調達するために、クレアは荒稼ぎしなくてはならない。


 ついに、異世界で始動する時が来た。


 


 


 

 


 

 

お読みいただきありがとうございます。

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