04:異世界へ降り立つ少女
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女神からもらった謎の勾玉を身に着け、意気揚々とゲートをくぐった少女。
彼女はつい先ほど、第二の人生をスタートさせたばかりであった。
まっすぐに伸びた艶やかな長い黒髪を持つ小柄な少女。前世では十六歳の高校二年生だったが、童顔で身長が低く、中学生のような見た目をしている。本人は「大人な女性」に憧れており、子供扱いされることを極度に嫌っているようだ。
「本当に来てしまったのだな……」
未だかつて踏み入れたことのない新世界へ降り立ち、感慨にふける少女。
彼女の名は、龍ヶ崎クレア。稀にみる美少女で、非常に愛くるしいルックスをしている。しかし、その性格はワガママで残虐非道で最悪だった。
可愛い顔をしているが、とてつもなくゲスな言葉を吐く。もはやギャップ萌えを通り越してドン引きしてしまうレベルだった。
当然ながら、前世ではクレアを嫌う者は数多くいた。学校には友人など一人もおらず、教師からも厄介者扱いされていた。乱暴でしかも細かい注文が多かったので、彼女が暮らす屋敷の使用人からも陰口を叩かれるほどであった。彼女の両親以外は皆、彼女を疎ましく思っていたと言っても過言ではない。
旧財閥の家に生まれ、幼いころから裕福な暮らしを送っていたクレア。しかし、父・恭一の死により、その生活は一瞬で崩れ去った。
財産を失い、プライドも傷つけられた哀れな元お嬢様。挙句の果てには、人の肉を食らう正体不明の美女に殺され、わずか十六年の生涯を閉じることになった悲劇のヒロインである。
自他ともに認める「クズ」だったとはいえ、あまりにも悲惨過ぎるクレアの人生に憐れみを覚えた女神が、彼女に一つの「救済」を施すことになった。
それが、異世界への転生である。
女神の慈悲がなければ、彼女がここに来ることはなかっただろう。
「異世界まで来たのはいいが……、私はまずどこに向かえばいいのだ?」
クレアは草原の中にいた。辺り一面を見渡すも、目に飛び込んでくるのは草木ばかり。人影や民家などは一切見当たらなかった。
地図は持っていない。スマートフォンのナビゲーションアプリも機能しない。どっちが北でどっちが南なのか、方角すらもわからない。とりあえず、人がいる場所へ行きたいと思っているが、進むべき道について、まったく見当がつかない。
異世界に到着して早々に迷子となってしまった。
「ああ、お腹が空いてきたぞ……。喉も乾いた。どこかに食べられそうな物や飲み水はないのか?」
草原を闇雲に歩き回るクレア。その行動が無駄に体力を消耗することにつながるとは、微塵も考えていないようだ。
まだ日は高い。今が真昼間だということは確かだった。日没の前にどうにかして草原を抜け出し、人がいる街へ行きたいところだ。
飲み食いできそうな物は見つからない。このままでは、異世界で天下を取る前に飢え死にしてしまう。転生しておきながら、こんなみっともない形で死ぬのは絶対に嫌だった。
何か……何かないのか?
途方に暮れかけていた、その時だった。
「何かが来る……」
遠方からこちらへ向かってくる謎の影が見えた。人にしては大きい。それに移動速度も速い。
あれは……荷馬車か。
クレアは急いで荷馬車の方へ走っていった。
人が、ようやく人が現れた。
心細い気分が晴れていくような気がした。
「おーい! こっちだ! こっちに来てくれ!」
荷馬車に向って大声で叫ぶクレア。
すると、彼女の存在に気づいた荷馬車の主が、馬を停止させるのだった。
「おやおや、お嬢さん。こんなところで、一体どうなさったのですか?」
麦わら帽子を被った老人男性がクレアに問う。垂れ目をした人のよさそうな人物だった。
クレアの聞き間違いでなければ、その人は確かに日本語と思われる言葉を発した。どうやら、あの女神の言う通り、この世界の人々は日本語と同じ言語を使うみたいだ。
老人は大きな荷物を運んでいる最中であった。上から布が掛けられているため、何を運んでいるのかはわからない。
「どうしたのか?」と問われたところで、「異世界からやって来たが、行き場がなくて困っている」とは言えない。というわけで、クレアは適当な言い訳をすることにした。
「ああ、その……私は旅をしているのだが、地図を無くして道に迷ってしまったのだ。どうか、ここから一番近くにある街まで連れて行ってくれないだろうか?」
自分は旅人である。クレアは老人にそう説明した。
荷物を全く持っておらず、服装は学校の制服であるため、旅人らしからぬ装備である。見るからに怪しいと自覚していたが、おじいさんが彼女を疑うことはなかった。
「ああ、そうですかい。では、後ろにお乗りくだされ。荷物があって少々狭いでしょうが、ご勘弁を」
そして、なんと彼は快くクレアを街まで送り届けてくれると言い出したのだった。
「恩に着るぞ」
助かった……。
まさか異世界で人生初のヒッチハイクを経験することになるとは思いもしなかった。
クレアは地獄で仏に会ったような気分で荷台に乗り込んだ。
「ワシは帝都へ向かう最中でして……。お嬢さんもそちらまでお送りするということでよろしいですかな?」
「帝都……?」
「ええ、そうです。このタンスをお客様のところへ届けに行くのです。ワシはこう見えて、家具職人なのですよ。普段は南方にある田舎の村で家具を作って生計を立てておるのですが、帝都に住む貴族の方から是非ワシの作ったタンスを買いたいというご依頼があってですなぁ……」
老人は嬉しそうに話した。
クレアが乗っている荷台に積まれていた物体は、そのおじいさんが作ったタンスだったようだ。
「そうか。そなたは、よほど素晴らしい腕を持っているのだな」
「いやいや、とんでもない。はっはっは!」
照れを隠すように老人は大声を出して笑った。
クレアは荷馬車に揺られながら、異世界の空をまじまじと見つめていた。
こっち世界も空は青くて、雲は白いようだ……。
「帝都にはあと三十分ほどで着きますよ」
帝都。ということは、そこがこの国で最も栄えた街なのだろうか。日本の首都・東京がそうであったように、ここではその帝都とやらが文化や産業の中心となっているのではないか。少なくとも、この老人が生活している「田舎」よりも都会であることは間違いないだろう。
都会へ行けば、何か情報が得られるかもしれない。今のクレアに必要なものは情報だった。そして、これから生きていくにはお金も必要だ。働くのは面倒だが、金を稼ぐには仕事をするしかない。効率よく稼ぐことができる仕事を何とか見つけたいものだ。
自分はこの世界で頂点に君臨する予定である。そのための資金を準備しておきたい。
できるだけ小さな労力で、できるだけ大きな利益を得る。そんな画期的な手段を探したいとクレアは思っていた。
帝都に行けば何かが起こるはず。そう期待せずにはいられなかった。
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