03:帝都の光と影
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帝都中心部にある「カナリア市場」は、今日も多くの人々で賑わっていた。
魚や野菜を売る店、ブタ、ニワトリ、イノシシを扱う肉屋などが、一直線に延びたメインストリートに沿う形でズラリと並んでいる。これらの店の前では新鮮な食材を求める人々が長蛇の列を作っており、市場における商売は見るからに繁盛している。
市場で売られているのは食料品だけではない。宝石や貴金属、洋服などを販売している店もあった。
気品あふれる婦人に「口説き文句」を垂れながら、ダイヤの指輪を勧める中年の男店主や、注文を受けた洋服の仕立てを行う老女の姿が見受けられる。
帝都では生活必需品から嗜好品まで、ありとあらゆるものを入手することができる。地方の村から買い出しに来る者もいるため、ここは人と物がたくさん行き来する場所となっている。したがって、カナリア市場はまさに帝国経済の核心的役割を担っているといえるだろう。
蒸気機関車の登場により、人々の移動と物流が活発化した。帝都から出かける者と帝都にやって来る者。そして、帝都から運び出される物と帝都に運び込まれる物。
人と物がより遠くへ、より早く行き着くようになったことで、経済の規模は大きな広がりを見せた。経済が成長すると、人々の生活も向上する。やがて便利で豊かな時代が訪れる。
技術革新と人々のたゆまぬ努力が、今日の帝国の繁栄を築き上げたといえる。
時代は着実に良い方向へ進んでいる。国民の誰もがそう信じて疑わなかった。
―――二年前、あの事件が起こるまでは。
一台の馬車が大通りを走り抜けていく。新聞売りの少年から買った朝刊に目を通しながら歩いていた紳士が、危うく馬車に轢かれそうになった。彼は新品の黒いスーツを身にまとい、ネクタイを締め、頭には洒落たシルクハットを被っている。その上品な恰好から、この男が富裕層であることが推測できる。
帝都の住人は比較的に高所得者が多い。しかし、地方で暮らす民の多くは貧困に喘いでいる。近年は凶作が続いており、農村では餓死者が出ているという。
この国の富は帝都に集中しており、帝都以外の地域では苦しい生活が強いられている。帝都で暮らすことができるのは、限られた一部の金持ちだけであった。
村での貧しい暮らしに耐え切れず、安定した生活と職を求めて地方から帝都へ出稼ぎに来る者も多いが、どの仕事も待遇はあまり好ましくないのが現状だ。
帝都に住む民衆もまた、無意識のうちに怯えていた。何らかの災いによって、安寧を脅かされる日が近いうちに訪れるのではないか。平穏な暮らしは、長くは続かないだろう。潜在的にそう悟っているようだった。
決して顔や言葉には表さないが、人々は確かに不安を感じている。ひょっとすると、彼らはその不安を認めたくないのかもしれない。
考え過ぎだ。ただの思い込みだろう。そんなことを自分自身に言い聞かせている可能性もある。
だが、彼らが密かに抱えている嫌な予感は、あながち間違いではなかった。
今、帝国には不穏な影が忍び寄ろうとしている。
では、不穏な影とは一体何なのか?
その正体を知る者はいない。
不況、戦乱、あるいは……。
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