02:出発の時
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与えられた復活のチャンス。異世界でリベンジを果たそう。
クレアのハートは燃えていた。何だかこのまま天下を取れそうな気さえしてきた。
とはいえ、不安がまったく無いというわけではない。気合と根性でどうにかなるほど、甘い世界ではないはずだから。
今のクレアに足りないもの。それは知識である。
次の世界における常識は、彼女が今まで暮らしてきた世界のそれとは大きく異なるかもしれない。知らないことが多すぎて、下手に動けば足元を救われる恐れがある。つまり、情報の不足が命取りになりかねないということだ。
何も持たない自分が、何も知らない世界でやっていけるのか?
金持ちの娘だった時は、いつも守られているという安心感があった。だからこそ、どんな状況であっても、大胆かつ無茶苦茶な行動に出ることができた。
しかし、武器一つ持たない今のクレアは、自分の身をどうやって守ればいいのだろうか。
「やはり不安ですか? そりゃそうですよね。未知の世界へ向かうわけですから。顔に出てますよ。怖いなぁ、心配だなぁ、って表情をされています」
女神にはバレているようだ。
ここは「そんなわけあるか」と言い返したいところだが、ナーバスな気持ちがそれを妨げるのだった。緊張のあまり、強がったり見栄を張ることもできない。クレアは情けない気分になった。
ここで、女神が誇らしげな顔をしながら、こんなことを言い出すのだった。
「ふっふっふ! でも安心してください。そんなあなたのために、女神の私からとっておきのプレゼントがあるのですよ」
「プレゼントだと?」
女神は自らの右手に握られた杖を天に向かって突き上げた。
すると次の瞬間、地面から白い煙のようなものが昇り始めた。
煙が視界を遮り、女神の姿も見えなくなったが、数秒のうちに消えてなくなった。
そして、いつの間にか目の前には、テーブルの上にごちゃごちゃと道具が並んでいた。
まさか、これがプレゼントだというのか?
「こちらは私が用意した三種のチートアイテムです。お好きなものを一つ、あなたに差し上げましょう」
「いや、いきなりそう言われても選べるわけがないだろう。一体、これらは何の道具なのだ……?」
長い諸刃の剣、丸い大きな鏡、そして赤い石で作られたペンダントのようなものが用意されている。
「では、一つずつ説明していきましょう。まずはこちらから。これはどんなものでも真っ二つに切り裂く《最強の剣》です。この剣に斬れないものはありません」
「ほう。賊に襲われたときは、コイツで撃退すればいいというわけだな」
ちょうど何か武器が欲しいと思っていたところだった。何でも斬れる便利な剣があれば、とても心強い。
「続いては、こちらの鏡ですね。これはどんな攻撃も跳ね返す《魔法の鏡》です。上級魔導士が繰り出す攻撃魔法や火竜が吐く灼熱の業火に襲われようとも、この鏡が必ずあなたの身を守ってくれるでしょう」
防御力ももちろん重要だ。敵の襲撃に対応するには、守りを固めておくことが大切だといえる。
「そして、三つめはピンチの時に役立つかもしれない《不思議な勾玉》です。これを身に着けていれば、何かいいことが起こるかも……?」
「おい。なんかこれだけ胡散臭くないか?」
「いいこと」とは何だろう? 具体的にどんなご利益があるというのか。
剣や鏡に比べると、この謎の石はどうもショボく思えてくる。どう見ても戦闘の役に立ちそうにない。いざという時、こんな小さな石では戦うことなどできないだろう。
となると、選ぶべきは「最強の剣」か「魔法の鏡」の二択。
攻撃力か防御力か。より生存確率を高めるのは、どちらであろうか。
「触ってみてもいいか?」
「もちろん。手に取ってじっくりと確かめてください」
まずは剣の方を持ってみよう。
クレアは手を伸ばし、それを掴んだ。
持ち上げてみる……が、しかし。
「お、重い……。この剣、重すぎるではないか……!」
両腕に力を込めて、辛うじて持っている状態だった。これでは振り回すことなど到底不可能だ。剣を持つだけでよろめいてしまうので、敵に襲われても応戦できないだろう。
惜しい気もするが、最強の剣は諦めるしかないようだ。
「ならば、こっちの鏡は……」
今度は鏡を手に取った。
(ぐっ……! これも馬鹿みたいな重さではないか……!)
こんなもの、一体どこの誰が持ち歩くというのか。デカいし重いし、むしろ邪魔ですらある。鏡を盾にする前に殺されてしまう。
「ダメだ……。剣も鏡も私には扱えないぞ……」
すでに息切れを起こしかけていた。自らの身を守るはずの武器なのに、持っただけでフラフラになっていては、元も子もない。もはや自滅行為である。
「じゃあ、この勾玉にされますか?」
女神がインチキ臭いペンダントを手渡してきた。
研磨された透明感のある赤い石。見ている分には綺麗で素敵だが、クレアはアクセサリーが欲しいわけではない。身を守る手段、道具を求めているのだ。
飾りはいらない。強力な武器をくれ。そう言いたいところだが、もう贅沢は言っていられない。クレアには最強の剣や魔法の鏡を使う資格がなかったというわけだ。
何も受け取らないよりはマシなので、この赤い石をもらっておくことにした。気休め程度にしかならないが、御守りとして持っていこうと思った。
「もうそれでいい」
クレアは紐が付いた勾玉を受け取り、首からぶら下げた。
思っていたよりも軽い。身に着けていることを忘れてしまいそうなくらいだ。
いつか何かの役に立ってくれるはず……と淡い期待を抱いておくことにした。
いざという時はこれを売って金に換えることもできるだろうし。
「では、そろそろいいですか? 夢の続きを追いかける準備はできましたか?」
夢……。そう言えば聞こえはいいが、彼女が目指しているものは、そんな柔らかな響きを持ったものではない。
野望、雪辱、下剋上。
そう、これは戦の始まりを意味しているのである。
自分はこれから戦うのだ。未知の世界に住まう未知の敵たちと。
「ゲートを開きます。ゲートをくぐると、もう後戻りはできません。それでもいいですね?」
「無論だ。覚悟はできている」
女神が杖を両手で持ちながら、呪文のようなものを唱え始めた。
すると、周囲を覆っていた灰色の壁が轟音とともに崩壊し、やがてクレアたちは白い霧のようなもの包まれた。
その霧の中から、一筋の青い光が飛び出す。
光は門のような姿に変わった。そして、扉と思われる部分がゆっくりと開き始めた。
「ゲートが開きました。では、前にお進みください。この扉の先に、あなたが向かうべき世界が広がっています」
いよいよだ。ついにこの時が来た。
この門をくぐれば、クレアの二度目の人生が始まる。
武者震いをする。気持ちが高ぶっている。
どんな未来が待っているかはわからない。だが、恐れていても仕方がない。
前世の無念を晴らすため。前世で味わった屈辱を栄光に塗り替えるため……。
彼女は運命に抗う道を選択したのである。
これは復讐という名の戦争だ。
「待っていろ」
いざ……新たな世界へ……。
その一歩を……踏み出す。
「いってらっしゃいませ。クズの世界へ」
クレアは女神の言葉を背中で聞いた。
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