お手伝いさん
「……起きてー」
「うーん……」
何か身体を揺さぶられている気がする。それに今、子供の声がしなかったか?
しかし眠い。昨日結構遅くまで起きていたから……。
「起きて」
「うぅ……」
待ってくれ。あと5分。
「起きなさいっ!」
「ぐはぁっ!?」
身体中に電流が走るような衝撃。痛みで眠気は吹っ飛んだが、混乱から抜け出せない頭を振って、辺りを勢いよく見回す。
するとベッドの脇に、見知らぬ少女ーーというか、幼女が立っていた。
エプロン姿に腕まくりをしているが……
「えっ?知らない人…?」
「初対面の人に対していきなり失礼ね。お寝坊さん」
「いや、それは申し訳ない…」
寝起きドッキリとは初対面の者に対して如何なものかと思わなくもないが、それは置いておこう。
色素の薄い金髪の幼女は、俺を見下ろして……というよりも、身長的には見上げているのだが、腕を組み、顎を引いて俺を睨んでいるので、態度的には見下ろされている気がする。
「あら失礼。主に仕えるべきゴーレムが主人を待たせて、声をかけても目を覚まさなかったら、魔力を流したくもなるわよ」
「ゴーレムって使用人みたいなものなのか!?」
朝っぱらから衝撃の事実に、思わず麻布っぽいゴワゴワとした布団を跳ね除けた。
考えてみれば元の世界でも、SFな世界観の中ではロボット達は使役の対象だった。某百万馬力の彼でさえそうなのだ。この世界のゴーレムというものは、本来意志を持たないようだし、当然ロボット的扱いになるだろう。即ち、使用人もしくは雑用係だ。
それにしたって厳しいような気もするが、この世界ではそれが普通なのだろうか。
だとしたら、昨日の俺は大分態度が大きかったのかも知れない。
「その通りよ。無知でお馬鹿なツチヤ・イッセー」
「そ、そりゃそうだろうが、つい昨日召喚されたばかりなんだからそこまでーーうわっ!」
息を吐くように毒を吐いてくる金髪幼女に反論しようと声を荒らげると、突如光の塊が頭の横を掠めた。
「それを人前で話したら、次は首を狙うわよ。お馬鹿ゴーレム」
「……っ!」
金髪幼女が先程とは比べ物にならないほど冷たい目で俺を睨む。声も出せない俺を尻目に幼女はフンっと鼻を鳴らすと、再び腕を組んだ。
「とにかく、早く準備をしなさい。2人をお待たせしているわ」
「準備と言ってもな……」
いきなり使用人の仕事をしろと言われても困る。そもそも、この前までただの高校生だ。使用人の仕事がどういうものかなんて知らない。
金髪幼女は軽く肩を竦めると、懐から櫛を取り出してこちらにやって来た。
「取り敢えず、今日は私がやってあげるから、次からは自分で起きてやりなさい」
金髪幼女は短い腕で手際よく俺の身なりを整えていく。
……一度寝て起きたら元の世界で、自分の部屋にいた、なんて事はなかった。
******
「紹介が遅れてごめんね〜。昨日はお休みだったから。この人はフレアさん。僕の家でお手伝いさんをしてくれてるんだ」
金髪の幼女と一緒に食卓へ朝食を運んで行くと、リトが彼女を紹介してくれた。
「ええ、フレア・クラン。このお家には御恩があるの。ツチヤ、私は貴方よりも年上だから、態度には気を付けることね」
「あの、俺18歳なんだが」
「ええ、だから年上だと言っているのよ」
「……え?こんなにーーぐっはぁ!?」
拳が入った。腹パンである。まだ何も言ってないのに…。
「うわっイッセー君!大丈夫?」
リトが立ち上がって、机の向こうから腹を抱えて蹲る俺を覗いている。
リトは優しいな……さっきからフレアに殴られているせいか、些細な事でも優しさを感じる。
「あ、あぁ、平気…いやえっと、大丈夫です」
そう言えばと、使用人的な立場だった事を思い出し言葉を改めた。早々に蹲っている時点で既にアウトかも知れないが。
すると、リトは困ったような顔をした後、ムッと口を尖らせるように言った。
「む〜、イッセー君!昨日仲良くなれたと思ったのに、急に他人行儀になるなんて。フレアさんに言われたのかも知れないけれど、ゴーレムと言っても君は人間だ。僕は君と対等に接してきたつもりだし、フレアさんも、それを分かってくれてるはずだよ」
椅子から立ち上がって心配そうに近付いてきたリトが、そっと俺からフレアに視線を移す。フレアは少し居心地悪そうにしながらも、俺を見てやはりツンと顔を逸らした。
どうやらリトなりに、予想外に召喚されてしまった俺の事や、何か思う所のありそうなフレアの事をかなり気遣ってくれていたらしい。
「……あぁ、ありがとな。今まで通りにするよ。その方が俺も気が楽だしな」
「うん。そうしてくれたら、僕も嬉しいよ」
腹を抑えていた俺の手を避け、じわじわと痛む患部に触れると、リトの手から薄青い光がぼんやりと溢れた。全身の血が流れる感覚と、むず痒い様な不思議な感触がしたと思うと、あっという間に腹の痛みは消えていた。ついでに言えば、光弾が頬を掠めた小さな傷も消えていた。おお、と本物の魔法に感動を覚えつつ立ち上がると、先程から静かだったレトルが口を開いた。
「……そろそろ飯にしないか。腹が減った」
「すみません。レトルさん」
フレアが澄まし顔で食事の準備を始める。既に食事の用意は出来ているようで、台所の奥から出来たての料理のどこか懐かしく、しかし嗅いだことの無い温かな匂いが漂っていた。