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城下町と土塊人形  作者: 和銅
5/8

【夢に見た少女】

 


 夢を見た。


「……ね、覚えてる?最初に会った時、言ったこと」


 ーーいつか必ず、君を元の世界に。


 ああ、覚えてる。忘れない。


「結局、僕だけの力じゃ出来なかったけど……」


 そんなことはない。彼女が居なければ、きっとここまで来ることは不可能だったのだから。


 ーー最初から、俺は彼女に助けられてばかりで。



 彼女が雪のように白い手を伸ばして、俺の頬に触れる。すり、と滑らせた掌は、少し冷たかった。

 俺は彼女の手を温めるように、片手でその手の甲を握る。


「忘れないでね、僕のこと」


 ぐっと彼女の顔が近づいて、お互いの鼻先が触れそうな距離で止まった。薄く色付いた唇から漏れる吐息は、白い。


 その、震えている小さな唇に、自分の唇でそっと触れる。柔らかな感触を通して、温かさを確認するように。

 すぐに離れてしまったそれは、ゆっくりと弧を描いてーー。


「ーーーー」



 顔も名前も思い出せない彼女は、あの時、何て言ったんだったか。




 ******




 俺の名前は土屋 一成、21歳大学生。入学初日から登校中にぶっ倒れ、4ヶ月くらい入院したことでちょっと名を馳せたーーえ?知らない?

 まぁ知らないでいてくれた方が、俺としては助かるが。


 今日は大学の友人の誘いで、飲みに行く途中である。今回は珍しく女の子を誘ったらしく、所謂合コンというやつだ。

 正直、女の子とお近付きになりたくない訳じゃないが、まぁ、何せ俺はトロい。ここで張り切った所で要らんトラウマを増やしかねない。お持ち帰りとかは狙わずに、端で大人しくしていよう。うん。


 今までの経験から学んだことである。気を使って飲み物を渡そうものなら、綺麗にひっくり返して相手の服をびしょびしょにしかねないし、盛り上げようにも、口を開けば芸術のことばかりの芸術ヲタ。面倒臭いにも程がある。

 こんな奴とも付き合ってくれる友人には、本当に頭が上がらない。


「はぁ……」

 そう思うと浮かれていた気分が急に沈み、溜息で不安を誤魔化す。あまり考え過ぎないようにしよう。美味い飯が食えると思えば悪くない。楽しい雰囲気自体は好きだしな。


 薄暗くなってきた街路を進む。昼間には雨が降っていたせいか、水溜まりが所々に出来ていた。


 ふと、大きなショーケースの隣を通りがかった時、広い硝子に映った景色が酷く歪んでいたような気がして、足を止める。

 覗いた硝子には、街灯や車のライトを反射して赤やら白く光る水溜まりと、何の変哲もない俺だけが映っていた。


(……気の所為か)

 と、足を踏み出した所で、ぐにゃり、と足下が歪む。


「うわっーー」


 踏みしめた大きめの水溜まりの中に、片足が沈んでいた。引き抜こうにも、強い力で引っ張られていて、逆に引き摺り込まれていく。


「なっ、何だこれっ!」


 抵抗虚しく、片足を引き摺り込まれてバランスを崩した俺は、水溜まりの中に倒れ込んだ。咄嗟に手をついた筈だが、硬いコンクリートの感触も、水飛沫も感じない。


 気付くと、薄暗い虚空の中だった。


「……っ!」


 その向こう、僅かに揺れる光の向こうに、銀髪の少女が立っていた。ゴシック調のドレスに、黒いボンネット。その顔は、まるで人形のように冷えた無表情でーー。



『ーーーー?』

「は?何のことだ!?」

『ーー……ーー。ーーー』

「ま、待ってくれ、誰のことだ!?それ」


 銀髪の少女の発した言葉は、まるで何重にも反響しているかのようで聞き取れない。しかし、どうなっているのか、意味だけは伝わってくる。



 何度も夢に見る、名も知らない彼女。

 寂しそうに笑って、キスをして、別れを告げた少女。


 ーー彼女に、逢える?



 必死に、揺れている光の向こうへ手を伸ばす。

 ここで銀髪の少女に頼めば、帰して貰えたかも知れないのに、そんな考えは微塵も頭になくなっていた。


 逢いたい。

 彼女に、逢いたい。

 困ったように笑う、あの子の顔が見たい。


「逢わせてくれ!俺を、あの子に!」

「……。ーー……」


 馬鹿みたいに叫ぶ俺を見て、銀髪の少女が呆れているような気がした。

 薄暗い虚空が、再びぐにゃりと歪んで、光へと吸い込まれていく。それに合わせて、俺の意識も薄くなっていく。


「本当に馬鹿ね。貴方達は……」


 ーー最後に、そう、無機質な鈴の音の呟きが、聞こえた気がした。

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