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城下町と土塊人形  作者: 和銅
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土塊と魔工師見習い

 家の中の案内が終わると、俺の部屋として客間になっていた部屋が割り当てられた。

 元は母親の部屋だったと言うので、それとなく聞いてみると、リトの母親はリトが幼い頃に流行り病で亡くなったらしい。迂闊な事を聞いたかと心配したが、「昔はよく髪を結ってもらったりしてたんだ〜」と嬉しそうに話していた。




 ******




 客間の寝具に腰掛けて、ようやく肩の力が抜ける。色々あり過ぎて緊張していたらしい。

 リトも同じだったのか、少し間を開けて俺の隣に座ると、ホッと溜息をついた。最初に着けていた分厚い茶色の手袋と前掛けは外して自分の部屋に置いてきたらしく、袖口の解れた上着姿になっていた。

 彼女は暫く足をぷらぷらとさせていたが、ふと顔を上げて、茶色の瞳をこちらに向ける。


「そう言えば、君の名前を聞いてなかったね」

「あぁ、確かに……俺の名前は、土屋 一成だ」

「ツチヤ・イッセー君、かぁ……僕はどう呼んだら良いかな?」

「土屋でも一成でも構わないよ。土屋が苗字ーーファミリーネーム?で、一成が名前だ」

「じゃあ、イッセー君!よろしくね〜」


 リトが緩やかな亜麻色のおさげを揺らしてニコッと笑うので、俺も笑顔を返す。

 握手をしようと手を差し出した所で、リトが不思議そうな顔でその手を見つめていることに気が付いた。


 ーーあ、そうか。異世界なんだから握手の習慣も存在しないのか。


 ナチュラルに奇妙な行動をとってしまった俺を、リトが困ったような顔で見ている。

 だんだんと羞恥心が湧き上がってきて、慌てて手を引っ込め目を逸らした。


「い、いや、すまん。その、俺の世界では初めて会った相手の手を握る習慣があるんだ。決して意味無くやった訳ではなくて」


「ぷっ、あはは!君は面白いね」


 早口で言い訳の言葉を述べる俺に、リトが噴き出す。そして笑いながら、真っ白な両手で俺の手をとってぎゅっと握った。

 滑らかで柔らかい掌から、しっとりとした温かさが伝わってくる。


「改めて、初めまして。イッセー君。僕は魔工師見習いのリト、呼び捨てでいいよ。これからよろしくね」


「あ、ああ。よろしく、リト」

「ところで、イッセー君」

「ん?」


 リトがずいっと身を乗り出す。笑ってるけど目が恐い。ガッシリと両手を掴む姿に、獲物を逃がさんとするような気配がーー。


「君の世界の話、もっともっと教えて欲しいな!!」



 ーー獲物を捕まえた鷹の如く、俺の手をしっかりと握ったリトによって、最初に目が覚めたリトの研究室へと連れて行かれた。問答無用で。


 リトは部屋の隅に寄せてあった魔工具を手に取ったり指差したりしながら、早口で話を始めている。

「こっちは空気中の魔素を吸って冷気を生み出すんだ。中の物を冷して保存出来るんだけど、空気中の魔素が枯渇しちゃうと機能しなくなるから、長期間の保存が出来なくてーー」

「これは魔力を流すと簡単に魔法が展開できて、出力の調整も出来るんだ。でもお試しで知り合いに渡したら、子供が使っちゃって危ないってーー」

「これは光を魔素にーー」


「ちょ、待って、ストップ、ストップ!」


「うぇ?」

「待ってくれ、そんな急にあれこれ説明されても困る!」

 正直、魔力とか魔素とか言われても何の事かさっぱりだし、機械にも詳しくないから全然頭に入らない。その上矢継ぎ早に話が進んでいくので全く入り込む隙がなかった。

 取り敢えず異世界にも冷蔵庫とコンロがあることは理解したが。


「あ、つい興奮しちゃって……僕ばかり話してたね。本当にごめん……」

「いや、別に構わないけど……俺は元いた世界の機械の説明とか再現は出来ないぞ?」


 現代知識を異世界に持ち込む系の小説や漫画を思い出す。残念ながら、俺は絵ばかり描いていて、機械も政治もそこまで知識はなかった。

 自分の身になって初めて知ったが、現代知識を活用出来る主人公って、凄かったんだなぁ……ヲタクに収まる範囲の知識で、一から全部造り出すって、並大抵の努力じゃ出来なさそうだ。


 しかし、例え知識があっても、異世界でも、盗作は駄目だぞ!パクる時は敬意を込めてパクるんだ。

 芸術の世界はオリジナリティが大切だからな。うん。


「それは承知の上だよ。だけど異世界の話を聞くだけでも、新しい発想に繋がりそうな気がするんだ」

「分かった。俺が知っている範囲で良ければ話すが、飽くまでもオリジナリティを大切にな」

「……?うん。ありがとう」


 ーーという訳で、大雑把に電気や機械、車、冷蔵庫について話をした。あとコンロの話もした。


 彼女の設計用の黄ばんだ紙を1枚貰い、それっぽく図を描きながら俺が説明をしている間、リトは食い入る様に話を聞き、時々質問したりしながら、ノートらしき紙の束にメモをしていた。


 真剣な表情で魔工具に向き合う様子を見ていると、出会ってから一日も経っていないのに、彼女らしさを感じるようで、不思議な気分だ。


 不意に一年前の、俺を見る両親の複雑そうな顔を思い出した。確かに俺も、あの頃は芸術のこととなると止まらなかったなぁと、ぼんやりとリトを眺めていると、パッと彼女が顔を上げた。


「ありがとう!これで止まってた魔工具の開発も進みそうだよ!感謝してもしきれない!」

 リトの目がこれまでにない位にキラッキラに輝いていて、ちょっと眩しい。最初に会ったばかりの時の泣きそうな顔は見る影もない。尻尾でも振り出しそうだ。勢いがすごい。顔が近い。


「よ、喜んで貰えて良かった。話だけならまだ幾らでも出来るから、必要であれば教えるよ」

「!是非とも!お願いするよ!」


 ーーそして異世界召喚最初の一日は、結局リトに話をするだけで呆気なく終わってしまった。

 代わりにこちらの世界の話も色々聞くことが出来たから良しとするか……。

 ……これでいいのかと思わなくもないが、焦ることもないだろう。

 俺は慣れない寝具の上でボーッと夜空を眺めながら、いつの間にか眠りについていた。

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