味噌カツ
ひつまぶしを食べてお腹いっぱいになった。
ミニひつまぶしとかいう大盛ひつまぶしにやられてしまったのだ。
「ねぇ、休憩の一つでも挟めばどうだろう。腹を休めるということでカラオケとか行かない? 少し歌ったらお腹減ると思うんだよね。俺、今動くのもしんどいからさ」
僕はお腹をおさえて訴える。
そんな僕を見て、友人たちは言うのだ。
「おい、味噌カツ食いに行くぞ」
「えぇ……うそ~」
友人たちは味噌カツしか見えていません�、とでも言うように進行方向を一点に見つめていた。
ひつまぶしの店は駅の中にあるものの、味噌カツは一旦出てビル街のほうへ向かっていかなければならなかった。
友人の一人は味噌カツを食べたいあまりに、僕たちを置いて早歩きで追い抜いて店へ向かっていく。
どんだけ食べたいんだよ。
僕はそう思いながらも一つの提案が頭の中に浮かんだ。
「なぁ、今からさ、前を歩いてる奴に一番初めにタッチできた人間が次の店をおごるっていうのはどう?」
このまま歩いて店へ行ってもお腹が空くことはないだろう。
走れば味噌カツが入るかもしれない。
単純だが、最後の抵抗だった。
すると、隣を歩いていた友人がニヤリと笑った。
「おぉ、いいぜやってやろう」
僕は心の中で勝った、とほくそ笑んだ。
その根拠はある。
提案に乗ってきた友人は高校を出て以来スポーツというスポーツはしていない。
対して僕は週に一度フットサルをしているし、二か月に一回は野球をしている。
この僕が負けるわけがないのだ。
「じゃあ行くぞ。よーい、スタート」
友人の掛け声でレースが始まる。
僕は全力で走った。
手を大きく振り、足に力を入れて、これでもかというほど全力で走った。
それに対して友人は軽々と余裕そうに走っている。
完全に舐められていた。
しかし、どうだろう。
友人は余裕の顔をして僕を追い抜いて行ったのだ。
どんどんと差が開いていく。
友人の背中が小さくなっていく。
こんなつもりではない。
なんのために今までスポーツをやってきたのだ。
悔しい。
あまりにも悔しい!
「あああああああああああ!」
僕は名古屋の街を爆走しながら、大声で叫ぶことしかできなかった。
味噌カツの店に着く。
店の中に入り、席に着く。
リレーに勝った友人は僕の顔を見て薄ら笑った。
「おい、どうしたんだよ。つらそうな顔をして」
「うるせぇ。こっち向くな」
「悔しそうやな」
めちゃくちゃ煽られる。
僕はなにも反撃できず歯ぎしりするしかなかった。
こんなに悲しいことになるとは。
リレーの結果、味噌カツの金を払わされることが決定した。
その上、走ってもお腹はすかなかった。
ただ煽られるだけだった。
クソが!
注文した味噌カツは五分ほどで運ばれてきた。
揚げ色のいいカツ、蛍光灯に照らされて輝く白米、シジミの入った味噌汁。
お腹が空いていたらいかに美味しそうに見えたことか。
今は見ているだけでお腹を圧迫してくるようだ。
「いただきまーす」
リレーに勝った友人はわざとらしく大きな声で言う。
そして、食べ始めた。
シャク、シャク。
隣に座っていたので、カツを食べる音ははっきりと聞こえた。
「やべぇこれ。衣がうますぎる。シャリシャリしてて冷たくないかき氷みたい。あと、味噌がおいしい。これはやばい。どうだ、悔しいだろう」
「あぁ、はいはい。悔しいよ」
口では余裕ぶっていたが心の中で殺意が沸いた。
もうこいつは友人ではない。
敵である。
ひつまぶしを食べた後なのに、みんなすぐに食べ終わった。
本当においしかったのだろう。
僕たちは席を立つ。
友人は僕の肩に手を置くと嫌らしく笑った。
「ごちそうさまでした」
クソが!