蛇足な話
嫌な事があると無駄に筆が進みますね。
なんで私はこんな場所に呼ばれてるんだろう?
「アルマさんは紅茶に砂糖をお幾つ入れますか?」
「2つ、お願いします」
「2つですね。殿下は3つでしたね?」
「……ああ」
学院にあるVIP専用の茶会用個室。
そこで本来は世話役としている筈の上級使用人達もいない、私と殿下とティエリカ様の三人だけのお茶会が開かれている。
………本当は、呼ばれた理由に察しはついてる。
殿下とティエリカ様の取り巻き方も参加しないお茶会に私だけが呼ばれた理由、考えるまでもなく一つだろう。
思わずスカートを強く握りしめてしまう。
けど、これは長々と決断を先送りにしてた私の責任だ。
どんな事であろうとも、受け止めなきゃいけないだろう。
「いつになく楽しそうだな、ティエリカ」
「はい殿下。私、こうして三人でお茶を飲むのを楽しみにしてたんです。マナーも守りきれる自信がない位に。だから今回は使用人達にも遠慮して貰ってます」
微笑まれるティエリカ様はそのまま天使の宗教画に出来そうなぐらいに綺麗。
あの容姿が飛び抜けている殿下と並んでも遜色ないだけあって、物理的に眩しく思っちゃう程だ。
「周囲はラーデリアの者が警戒してますから、誰かに覗き見されることもないので殿下もアルマさんも気楽になさって大丈夫です。アルマさんも私の事を様付けせずにティエリカと呼んでくださっても大丈夫です」
「いえ、恐れ多いので」
そういうと、ティエリカ様は落胆した様に首をさげ、溜息をつく。
令嬢の鑑と呼ばれるティエリカ様の無作法に、思わず目を見張ってしまう。
「ティエリカ、誰も見ていないからと言って気を抜きすぎだ」
「殿下、マナーをきちんと守る事も大事だとは思いますが、こうして本当に親しい人、そうなりたい人だけいる時には敢えて素の自分を見せる事も必要だと思うのです」
「これが、お前の素だと?」
「殿下にも今迄お見せしてなかった私の姿ですね」
そういうのは二人きりの時にやって欲しい。
心が痛いのが、私の傲慢のせいなのかストレスのせいなのかハッキリしなくなってるから。
「お前の主張は分かった。だが、アルマをこうして呼んだ理由はなんだ?仲良くなりたいというのなら、普通の茶会でも良いだろう。今でも的外れな噂が広まってしまっているというのに」
殿下が微かに苛立ちを滲ませて、言う。
そのお言葉に、私の事を心配してくれてるのでは?っていう傲慢な考えが浮かぶのを、押し殺す。
殿下は王位継承権一位の王太子殿下。
余計な噂は無い方がいいのだから、身の回りの噂を心配するのは当然だ。
「検討違いな噂もそうですが、殿下が放置気味の取り巻き方もアルマさんの負担になっています。婚約者方の方はお願いして抑えて貰ってますが、このままでは我慢の限界にこられる方もいるでしょう。側近候補の資質確認と罷免理由の為とはいえアルマさんの能力を過信しすぎですよ」
「…………」
「アルマさんも、こうした事態なら殿下に管理責任を要求しても構いません。元々殿下が原因の様なものなんですから」
「それは……」
平民の許される範囲を逸脱してる気がする。
それにティエリカ様も、あまり愉快ではない事だと思うし……
「もう少し打ち解けてから話したかったのですが、先程殿下に問われた理由は、婚約者として柵に囚われて手を拱いていた殿下の代わりに解決策を御用意したからです」
心臓が痛い程に、高鳴る。
一番の方法は、私が学院から去る事だ。
まだ学院も一年目、殿下にたった噂も、取り巻き方の失点もまだ十分に取り返せる筈だ。
苦しい、でも私にも平民なりの誇りはある。
せめて、殿下の記憶に残る最後は毅然としていたい。
私は精一杯の強がりを体に込めて、ティエリカ様の言葉を待つ。
「アルマさんは私が貰いますので、彼女を殿下の側妃に迎え入れて下さい」
…………………………………………
「「え?」」
オレの婚約者が壊れた。
とんでもない事を言い出した当の本人は何時もの様な完璧な仕草で茶を飲んでるが、こっちはそんな余裕は無い。
「ティエリカ、お前は本気で言っているのか?」
「……ああ、アルマさんを貰うというのは言葉の綾で実際に私のものにするという意味では――――」
「そこも重要だがそこでは無い!」
「殿下、つっこみ所がおかしいです」
アルマが何時もみたいに冷静に指摘してくる。
ええい、今はそんな所に拘ってる暇はないだろうが。
ティエリカは婚約者であると同時に忠臣だ。
それに疑いは無いし、馬車で聞いてきた時には既にオレの心情も察していたのだろう。
だが、本来ならアルマとの仲を咎め遠ざける立場のティエリカが逆にオレとアルマを取り持つ行動をとるのは解せない。
ティエリカ自身の評価だけではなく、ラーデリア公爵家の名にも泥が付きかねないというのに。
「アルマを側妃に迎えるという話だ。アルマは平民で、それを側妃に迎えればオレも王妃であるお前にもどんな批判が来るか分かっているのか」
「側妃の件については陛下とラーデリア公爵の認可も受けています。王家とラーデリア公爵家が後ろ盾としてアルマさんの側妃入りを支援します」
「なに?」
今、オレはどんな馬鹿面を晒しているのか。
まさに開いた口が塞がらないというのを身を持って体験した。
「ラーデリア公爵だけでなく、父上の認可もだと?」
「はい」
「父上がそれを承認する訳が―――」
「ティエリカ様、その話はティエリカ様個人が陛下に奏上なさったのですか?それとも、ラーデリア公爵家として奏上なさったのですか?」
アルマが珍しくもオレの話を遮る。
だが、その質問を聞いてオレも思い至った。
「やはり素敵ですね。はい、まずお父様から認可を貰い、ラーデリア公爵家の提案として陛下に奏上して貰いました」
「父上が認めた理由は、ラーデリア公爵家への借り作りと婚姻後の影響力を削ぐ為か」
今でも国内貴族の中では大き過ぎる程の影響力を持つ公爵家が自分から弱化するなら、王家としては歓迎する所だろう。
だが余りに旨すぎるこの話を父上がすんなりと信じるとも思えないが、そこをティエリカに問い質しても分かりはすまい。
「この際、どうやってラーデリア公爵を説得したのかはまぁいい。だが、お前がアルマを側妃にと求める理由はなんだ?」
アルマがどう思ってくれるかは分からないが、この話はオレにとっては得しかない。
ティエリカを王妃に迎える王太子としての役割を果たせ、アルマを公的にオレの側に置ける。
当然ティエリカを冷遇する気は無いし、愛してるからと言ってアルマに対して度を過ぎた寵愛をする気もないが、それにしたってティエリカが受ける利益が一向に見つからない。
「私はアルマさんの能力を強く買っています。学業の成績もさる事ながら殿下がなさる無茶振りの数々を見事熟す柔軟な応用力と行動力、見聞きした事をすぐに身とする理解力と学習能力。どれも高い水準だと思います。私のお友達も優秀な方々ですが、アルマさんはそれ以上でしょう」
「……ありがとうございます」
「ですが、その折角の才能を持ったアルマさんもこのままでは学院を辞めてしまいかねませんし、辞めずに卒業しても平民の方では地方の役人ぐらいにしかなれないのが現状です。なら私の側で補佐役となって欲しいと思うのも当然ではないですか?」
「私が補佐役、ですか?」
「はい。王妃の仕事は重要度が高く膨大なものですが、王の様に補佐官等が付く事はありません。けど、アルマさんであれば補佐役としての資質は十分です。そして側妃の身分であれば王妃の側についていてもそれ程問題ありません。学院に通う間は学業の傍ら、私の派閥に入って他のお友達と同様に私を助けて貰う事になります」
「ふぅん」
確かにアルマの能力であれば、確かにティエリカの補佐も務まるだろう。
しかし、疑い出せば限が無いがそれだけか?
他に何か見落としはないか?
アルマを、こっち側に引き摺りこんでもいいのだろうか?
「これらも殿下とアルマさん、お二人がそれで良いと言うかですが。アルマさん、この話を受ければ現状の問題事は大体収まるでしょうが、同時にまた別の問題が出てくる事でしょう。側妃の話が広まらずともラーデリアの派閥に入るという点だけでも周囲の妬心を煽るに十分な所なのですから。今以上に私や殿下では対処できない細かな嫌がらせも出てくるかもしれません。なのでこの話をお断りしても、アルマさんが学院で元の様に過ごせるよう殿下と私が協力して事に当たる事を約束します。その上で、選んで頂きたいのです」
「殿下の側妃……」
アルマの呟きに、心臓が飛び跳ねる。
諦めていたソレが手に取れる位置に、だがアルマ本人が拒否すれば幻燈の映し絵の様にあっさりと消えてしまう。
理性は止める――――アルマの自由を奪い余計な苦労を背負わせるだけだと、王太子として相応しい対応をすべきだと。
本能は求める――――今決断しなければもうチャンスはない、一生手の届かない所に行ってしまうと。
オレは、オレは、オレは――――
「オレは、アルマに側に居て欲しい」
「ッ!?」
押さえきれずに零れた言葉に、アルマが息を飲んだように固まり顔を赤くする。
そう、顔を赤くした。
これはそういう事か?そう受け取ってもいいのか?
横目でティエリカの方を見れば、変わらず涼しい顔。
オレではティエリカの心情を読み切れはしないが、満足そうな雰囲気はしている。
まぁ問題無いのであれば、もういい。
オレは立ち上がってアルマと向き合う。
「アルマ。お前が許してくれるのなら、これかもずっと、オレの側に居て欲しい。本来ならお前が背負う必要のない苦労や苦痛を負わせる事になるし、お前を一番として扱ってやる事も出来ない。それでもオレのわがままと承知で、お前が欲しい。それがどんな形であってもだ」
顔が熱く、心臓が痛い。
喉は枯れたようで、足もガクガクと無様に震えている。
父上に意見する時も、多くの臣下の前で声を上げる時も、ここまで緊張したことはないというのに。
アルマは何時もみたくすぐに返答せずに、顔を隠す様に俯いている。
アルマが意を決して口を開いてくれるこの間がどれ程であったか、判断がつかない。
数瞬であったようにも、数十時間経ったかのようにも思えた。
「私も……」
小さく紡がれる言葉。
「私も、殿下の側に、居たいです」
やり遂げました。
演劇の場であればハンカチで涙を拭きつつも、惜しみない拍手を送る場面です。
これで私は堂々とアルマさんを庇護しつつ、お二人を眺め続ける事が出来ます。
お父様にすぐの利益を損なうのを承知で受け入れて下さるように説得するのには苦労しましたが、今のこの一時だけでもその甲斐はあったでしょう。
殿下も人形の在り方ではなく自身の個を出され、アルマさんも赤くなりながらそれを受け入れています。
美味しい紅茶とお茶菓子付の特等席で見れたのですから、これ以上ない報酬です。
これから二人には色々な障害が前に立塞がりその度に苦悩をされるでしょう。
ですが、これからは協力してそれを超えていく筈です。
危ない時には手助けもできますから、私はその様子を安心して眺めていられる。
ああ、幸多き素敵な事です。
因みにこの話が成立して一番割を食うのはラーデリア公爵ですが、最終的に一番得するのはラーデリア公爵家だったりします。