第98話 別れの朝に・・
涼子は二人目の子供を産んで気づいた事がある。
(子供って、こんなに可愛いかったっけ?)
(この家、こんなに居心地よかったっけ?)
(ママ、こんなに私に優しくしてくれた事あったっけ?)
薫は、涼子の全てを飲み尽くすかのように勢いよく母乳を吸い
丸々と日に日に大きくなる。
『夕ちゃん、この子、デブになるんじゃない?
すごいお乳飲むから、もう私ひからびそうよ。』
『ええ?そうかな・・俺も子供の頃はデブだったからなあ・・』
『ウッソ~???』
夕貴はいやな顔もせず、よく子育てを手伝ってくれる。
由子も夕貴と仲が良く、家の中は真央がいないのを除けば
平穏な毎日だった。
(いったい何が違うというの・・)
確かに、真央を産んだ頃、まだ若く不安で仕方なかった。
恋人には捨てられ、頼りの母親の由子には冷たくされて、
真央の存在自体が疎ましかった。
そんな全てに目を背け、ひたすら仕事に没頭してきた。
しかも、あんなに涼子に冷たかった母の由子は
孫の真央には優しいのも気にくわない。
家にいてもいつも孤独だった。
孤独だからまた仕事に逃げる。その繰り返しだった気がする。
でも、今思うと一番の被害者はやはり真央だ。
(こんな母親で申し訳なかった・・・)
初めて、そう思う。
いつか、真央とわかりあえる日が来ることを願うのだ。
(でも、早く、仕事したい~~。)
健やかな寝息をたてる薫を抱く幸せは感じながらも、
仕事の現場を離れる事に対しての焦りと不安を感じる涼子だった。
そして翌年の春、看護大学を卒業し、国家試験に合格した真央。
波留と共に仙台に旅たつ朝を迎える。
文弥は一人、ホームで二人を見送った。
『また、すぐに遊びに行くから。仕事がんばるんやで』
『うん、文弥も元気でね・・』
そして恋人達を引き離す電車が走り出す。文弥の姿はあっけなく小さくなった。
流れる風景を眺めながら、波留は言う。
『案外、恋しがるのは真央のほうかもね。』
『ええ?』
『文弥は私に夢中だから、そんなことあるもんかって思ってる?』
『さあね・・』
波留は意味ありげに笑うが
(そんなこと・・わかんない) それが正直な気持ちだった。
リーン!!
ホームで見送る文弥の携帯が鳴る。
『ああ、澪ちゃん。ええ?今、最愛の恋人を見送ったとこ。
そうやん、この文弥君おいて、無情にも仙台行ってまいよってん。』
文弥は晴れやかに笑う。
『うん、ええで、しばらくはフリーやから。久々にみんなで会おうか?
ええ?二人っきりでって・・・エヘヘ。考えとくわ。じゃあ、後で。』
この数か月、真央に時間の全てを捧げてきた文弥、
久々の開放感を感じていた。