第97話 新しい命
その年の10月末に、涼子は男の子を産んだ。
最初の出産よりかなり年数があいていたので、涼子は不安だったが
母子共に健康。
目元が涼しげで、愛らしい子供だった。
名前は薫、夕貴が光源氏の息子の名前を付けたのだ。
そしてある日、文弥が真央の部屋で、赤ん坊の写真がゴミ箱に
捨てられているのを発見。それを拾い上げた。
『真央、この赤ん坊、ひょっとして・・』
『ええ、夕貴さんとママの子供よ。薫って言うらしいわ。』
『じゃあ、真央の弟の写真やんか。なんでほるの?』
『なんでって、私には関係ないからよ。』
すねた顔がどこか寂しげな真央。
文弥は真央の肩を後ろから抱いて、背中からささやくように言う。
『そんな寂しいこといいなや。新しい命、祝ってやったらいいのに。
ほら、ようみてみ。可愛い子やん。』
『やめてよ。文弥、そんな事言うなら帰って!!』
『ああ、ゴメン、ゴメン、機嫌なおして。真央とこうして
一緒におれるの、あと何ヶ月なんやから。喧嘩してる暇ないもんな。』
『・・・』
文弥は真央の髪をなでて、抱きしめる。
でも心の中ではきっと、この赤ん坊の写真を捨てられないでいるだろうと
信じていた。
それから、写真と一緒に捨てられていた夕貴の手紙も文弥は読んでみる。
それは直筆の手紙だった。
《親愛なる真央様へ
お元気ですか?すっかり秋らしくなりましたが、その後お変わりありませんか?
こちらは義母さんはじめみな元気です。
早速ですが、10/28に涼子さんが男の子を出産しました。
母子共に健康です。無事に生まれてよかった・・・。
まだ認めてくれないだろうけど、あなたの弟です。
名前は薫、桜居薫。とても可愛い、僕達の宝物です。
また心の整理がついたら、一度でも会いに来て下さい。
涼子さんも喜びますよ。
季節の変わり目、お身体お大事に・・夕貴》
心優しい人柄が伝わるような手紙だった。
(なんで、こんな手紙捨てられるん?
でも、真央にしたら・・複雑なんやろうけど・・)
そんな文弥の気持ちを知ってか知らずか
真央は憮然とした顔で言う。
『ねえ、お腹空いた、どっか食べに行こう?』
『そやな、行こか・・』
真央が新しい家族を受け入れられる日が来ることを
祈る文弥だった。