第96話 見つめ合う二人
ツンデレ喫茶を辞めてから、真央は一般的なファミレスにバイトに行っていた。
たまに、オーダーの遅い客にはイライラし、
ツンデレ喫茶の時のように、
『さっさと決めろよ、このタコ!!』
と言えたらどんなに爽快かと思ったりする。
その日、いつものようにマニュアル通りの笑顔、言葉を言って接客に当たっていると、
波留が隆史とやって来た。
隆史は、仙台の峰夫の姉の笑美子の義弟。
笑美子の結婚式で知り合って、波留とはすっかり意気投合。
地元のライブ会場で細々と歌う売れないミュージシャンなのだ。
文弥は、大柄な隆史を熊のようだと称するが、見るからに穏和な性格が
逆に波留とあうようで、いつになく波留は彼に夢中だった。
小柄な波留は、隆史の陰に隠れるように歩き、席に着いた。
席に着いた二人は、元気がなく沈痛な面もち。
『デーニーズにようこそ!!』と真央が言っても、無反応で
長年の友人の顔も忘れたかのように虚ろなようだった。
(もしや、別れ話?)と聞き耳を立てたいがそうもいかない。
しかしそれとなくウロウロしながら、漏れ聞こえる話に耳を
そばたてた。
『隆史さん、ごめんね。パパがキツいこと言って・・』
『イヤ、君のお父さんの言う通りだ。俺が甘かった。』
『でも、あそこまで言うことないじゃん。』
『・・・俺、才能ないんだな。やっぱり。』
隆史は、世界的な指揮者である波留の父親の山野に、音楽関係者に
紹介してもらいたかったようだ。
メジャーデビューも思い浮かべ、山野に自信作を聴いてもらったが、
『全然ダメ、君の歌じゃ売れない・・ゴメンね、紹介しても無駄だと思う。』
と言葉は柔らかさとは裏腹に断固拒否の姿勢だった。
山野は才能あると認めた者には、身を惜しまず世に出る手助けをすることを
信条としているので、誠にシビアに評価する。
『波留の彼だからって、甘く採点する気はないから。わかってね。』
そそくさと席を立った山野に、波留は我が父親ながら非情さに
腹を立てた。
でも、正直、波留がひいきめに判断しても、山野の評価が正しいとは
思ったが、とても隆史には言えなかった。
『でも、誰が評価しなくても、私は隆史さんの歌が好きだよ。』
それは本音だった。昔懐かしくなるようなシンプルな歌
ココロ癒す音色。
しかし、それもどこかで聞いたような歌詞、音の寄せ集めのように
聞こえるのは否めない。
『俺も君の気持ちを利用したのを恥じてる・・ごめん。』
『いいの、隆史さん、元気出してね』
見つめ合う二人。
真央がどんなにそばを通ろうと見向きもしない、二人の世界だった。
『真央、迎えにきたで~』
そして帰りの時刻、文弥が自転車で待ってる。
真央が波留の話をすると文弥が笑った。
『ええ、えらい純愛、あいつに似合わんな。』
『アハハ・・でも幸せそうだった。』
暗い夜道、自転車で帰る
文弥はふと聞いた。
『なあ、ほんまに行くん?仙台に・・・』
『うん。たぶん・・波留と一緒に行く。』
『俺、一人置いて行くん?』
『文弥も来ればいいじゃん。卒業したら。』
『それまでが辛いやんか・・』
『・・・遠恋自信ない?』
『・・・真央は平気なんか?』
『・・・』
(あなたが本当に好きか、まだわからない)
そうは言えなかった。




