第91話 人寄せパンダになる
涼子は病院で、まる二日ほど眠り続けた。
過労とストレス、極度の緊張でその身体は病んでいたのだ。
『・・・夕ちゃん・・』
涼子が目覚めると、そばで夕貴が原稿の下書きをしていた。
窓の外は、夕闇が迫っていた。
『ああ、よかった。冬眠したかと思ったよ。』
『まさか・・それより、ここ病院?』
『ああ、真央チャンと言い合いして、突き飛ばされて、玄関で
倒れてたのさ。』
『はあ・・??』
『それより、なんで黙ってたの?』
『なに?』
『なに?って、赤ちゃんさ。僕と涼子さんの赤ちゃん・・他に誰がいるのさ。』
『ええ~~!!』
(ウッソ~マジ???)
涼子自身、通常から生理不順気味だったので考えもしなかった。
それに、涼子の美容専門雑誌は少し低迷していたので、これからが正念場なのだ。
その時、仕事を休むのは辛い。昨日も大事な会議があったのに・・と
悔やまれてならない。
『ちょっと、会社に電話して来る。』
『エッ?安静にしてなきゃダメだよ。』
夕貴がとめるのもきかず
涼子は、ふらつきながらも立ち上がり電話をしに行った。
結婚の事も、まして出産の事も、まだ会社に言ってなかった。
(最悪、編集長外されるかも・・・)
泣きたくなった。今までの苦労は水の泡だと。
そして、ほんの数分後で、また病室に帰ってきた涼子。
夕貴は心配そうな顔をしてる。
『どうだった?』
『・・・移動だって。婦人雑誌に・・副編集長みたい。』
『ふ~ん。それっていいこと?』
『あなたと結婚するって言ったから、なんとかまだいいポストなのよ。』
結婚相手が今をときめく注目株の作家なので、副編集長で繋がったと
涼子は思う。
今後、夕貴に優先的に取材、連載をさせてくれと条件がついた。
40代セレブ主婦向けの雑誌に、自分の結婚生活、出産とプライベートな記事を
載せられるのだ。
『人寄せパンダになれってことよ。』
自分も散々利用できる物は利用してきたからわかる。
(まさか自分がそうなるとはね。)
『そうか・・・仕方ない。夫として協力するしかないか。』
『それが、やになるくらいチャラチャラさせられるわよ。』
『ハハハ・・・』
『それより、真央はどうしてる?』
『それが・・・帰ってこない。お母さんは友達の所だろうって、
まだ静観するようだよ。電話しても出てくれないみたいだ。』
『・・・そう、待つしかないのね。』
真央が行くところは、波留の所だろうと涼子にも見当がついた。
そんなわかりやすい行動を取る娘の安否より、
また新しい命を授かった喜びよりも、
結果を出せずに移動させられた無念の方が涼子の
頭の中を占めていた。