第90話 愛はあるが、家はない
最悪の夜の翌朝、真央が目覚めると、そばには文弥がいた。
部屋に差し込む光、その光を浴びて、髪をキラキラさせた文弥が
雑誌を読んでいる。
『文弥…』
『おはよ。よう寝たか?』
文弥は穏やかな顔をして声をかけてきた。
傷ついた真央をいたわるような眼差し。
そう言えば、いつも文弥は波留と共にそばにいてくれたような
気がする。
あまりに近すぎて、兄弟のように接し、異性として意識しなかったように
思う真央。
『あ・・・』
『何や?』
『私の服、どこ?』
『ああ、真央の服汚れたから、波留が洗ったみたい。波留の服借りたら?』
文弥はこともなげに言うが、真央は
昨夜は飲めもしない酒を飲んで、大荒れになったまでは
覚えているのに、後の記憶がない。
真央が黙っていると、文弥は神妙な顔をして顔をのぞき込む。
『・・・ひょっとして疑ってる?オレが何かしたって・・・』
『・・・・所謂、酔った勢いって奴?』
『あ~ッ。失礼な。ヤケのやんぱちにつけ込む奴と思うんか。』
『・・ううん、でも、いいよ。文弥なら・・・。』
『・・・真央はそんなこと言うたらあかん。大安売りして、どうすんの。
そんな真央はいらん。』
『・・・』
『真央のいいのは、清楚なお嬢さんぽい所なんやから・・オレの夢
壊すようなこと言わんといて。』
『・・・文弥。』
『はよ、元気だシてや。真央。』
文弥はぎこちなく真央を抱きしめる。
真央は文弥の胸に顔を埋めて泣いてしまう。
昨夜は、一晩中、真央の寝顔を眺めていた文弥。
中学の入学式で、初めて出会った日から、今日までの
様々な思い出が胸によぎった。
傷ついた真央を哀れに思い、自分が守ってやりたいと心底思うのだ。
『なあ、朝のチューくらい、してもいい?』
『いいよ。』
『いいや、やっぱり、日あらためてにしようか・・・』
『日ィあらためて?変なの・・』
そこで、真央の言葉が途切れた。
『ねえ、真央、起きたぁ?』
しばらくして波留がノックして、ドアを開けたら、文弥と真央が抱き合い
キスしていた。
『こりゃ、失礼・・・』
波留は慌ててドアを閉めた。ドキドキする。
そうなるように仕掛けたのに、いざそうなるとドギマギしてしまった。
(よかったわね、文弥・・)そう思いながら、淋しいのはなぜだろうと
思う波留だった。
数日後、文弥と待ち合わせした真央は、彼の顔を見て驚いた。
唇は切れて、殴られたような後がある。
『どうしたの?その顔・・・』
文弥はサバサバした顔をして言う。
『あぁ、人間関係整理してきたんや。相手になぐられてしもた。
当たり前や。いい加減なつき合いしてたんやから。
でも、もうかりそめの恋に逃げんと、真央の事思っていくって決めた。』
『文弥・・』
『真央、こんなオレですけど、つきあってくれるか?』
『ええ、でも、私、家なき子よ。それでもいい?』
『ああ、でも、家には戻らんの?』
『ええ・・』
愛は得たが、家は失った・・と感じる真央だった。