第9話 ギブアンドテイク
『そう、夕ちゃん来たの・・・』
涼子は、テーブルの上にカバンをドサッと置くと一息ついた。
彼女は新しい雑誌の発刊に向けて、連日忙しい。
若い女性向けの雑誌だが、読者増加に繋がる企画が欲しいと
日々その事しか頭にない。
寝ても、覚めても・・と無我夢中の様子。
『ねえ、ママ。一緒に女の人がいたんだけど・・』
『うん?どんな人?』
真央はチラッと見ただけだが、その女性の特徴を
大まかに涼子に説明した。
大柄な身体、緩やかに巻き上げた栗毛。見事なネイル。
真っ赤なスポーツカー。
『ああ、それ、今井美帆かも?』
俄然身を乗り出した。今井美帆は、今最も旬な作家だ。
多くの女性ファンがいる。
先日、涼子があらゆる人脈を駆使して,受賞パーティーで
今井に近づき、夕貴の店に連れて行って引き合わせたことを思い出したのだ。
『さすが、夕ちゃん・・・。もう虜にしたってわけね。』
涼子はそうつぶやくと、一人頷きほくそ笑む。
(やった、今井の連載とれるかも???)
そうなれば、新しい雑誌の目玉の1つにはなるのでは・・・と
思うと、涼子は胸がワクワクする。
同期の中で、一歩先んずる事が出来るかもと思うだけ幸せな気分。
『ねえ、ママ。お祖母ちゃんね、来週には退院出来そうなんだって。』
真央からの由子の退院の話しも、もう涼子には耳に入らない。
明日から今井の連載の話をまとめる段取りで、もう頭が一杯だ。
(夕貴は利用できる)
もし今井が連載の話をぐずれば、夕貴に頼めばよい。
夕貴にとっても、今井が店にとって散財する太い客になれば
それでいい話。
(お互い、ギブアンドテイク)
涼子にとっては、世の中全てのことがそう思える。
『ねえ、ママ。夕貴さん、また来てくれるかな。』
『来るわよ。うちの本を読みたくなったら、また来てくれる。図書館みたいに
定期的に来てって、真央お願いしてみなよ。』
『そっかあ。でも、お祖母ちゃんが帰ってきたら、そうもいかないかも。』
『なんで?』
『そんな人は、家にあげちゃいけないってさ。』
『・・・・確かにね。それは言えてるけど、夕ちゃんは大丈夫よ。紳士だもん。』
『そうだよね、夕貴サン、優しいもん。』
(真央、男が優しい時は、下心があるのよ。女もそうよ・・。
あなたも、大人になればわかるわ)
久々に、嬉しげに語る真央を見つめながら、涼子はそう心の中で思うのだった。