第88話 最悪の晩餐
その日、一番心待ちにしていたのは夕貴。
大阪でのサイン会はあまりの人出で一日追加されたので、
約束の金曜日の夕方、そのまま中村家に寄る形になった。
家にいた由子は夕貴を迎えいれながら、値踏みするように
彼を観察。
容姿、職業とも申し分ないと一応は判断。
なにせ涼子には成人した娘がいるのだから、それを承知で
結婚したいと言う物好きはそういないと
思っている由子からしたら上等な話と思うのだ。
夕貴は居間に通されて、憧れの書棚を見つけて喜ぶ。
『ああ、やはり素晴らしいなあ。』
はしゃぐように、何冊かを抜き取りページをめくる夕貴。
もう夢中だ。
由子や涼子にしたら、カビくさい無用の長物なのに,
まるで宝の山のように目を輝かせるのを
見るにつけ、やはり由子は思うのだ。
(変わり者なのね・・この人)
そこへ涼子が帰宅。
『まあ、あなたがこんな時間に帰宅するなんて、何十年ぶりね。』
とことさらに由子は驚いたふりをした。
涼子は朝から緊張の連続。真央の反応が気になって
仕事も手に付かない。顔がこわばっているのが自分でもわかる。
夕食を家族と夕貴で食べる予定だが、どんな晩餐になるのやら・・
そして遂に、真央が帰宅。
居間に入って来て、絶句した顔を涼子は一生忘れないだろうと思う。
『こんにちわ・・・』
あくまでにこやかな夕貴。
(ママ、これ、どういう事???今日来るのは結婚相手でしょ?
なんで夕貴さんなわけ?)
夕貴の手前無言だが、顔色が変わる。涼子は顔がこわばるのを
感じつつ、作り笑いで真央に紹介。
『真央、紹介するわ。こちら作家の桜居夕貴さんよ。』
『こんにちわ。中村真央です。よろしく・・』
真央は困惑顔を隠そうとしないが、夕貴は意に介さず、夕食の席に座った。
年頃の娘さんだから仕方ないくらいに思ってるのだ。
なんとなく盛り上がらない晩餐を、涼子は一人もり立てるが、
真央の視線が痛いように突き刺さる。
そんなムードの中、由子はところどころ夕貴に質問した。
『あの、二人はいつからのおつきあいなの?』
『知り合ったのは10年前くらいですが、親しくおつき合いしたのは
3年前くらいですね。』
『・・・エッ!私全然知らなかった。』
『真央はいろいろ忙しかったから、話す暇がなかっただけよ。』
(ママ、私が夕貴さんに会いたがっていたの知ってたくせに・・
黙ってたなんて・・・ヒドイ!!)
真央がそんなことを考えてるくらい手に取るようにわかる。
しかし、由子がとどめの質問をしてしまった。
『夕貴さん、結婚したらどちらに住むおつもり?』
『僕は、この家に住みたいんです。』
(渋い蔵書のあるお家に住むのが夢ですもんね~。)
そうおどけるつもりだった涼子。しかし、
真央が突然立ち上がる。
『もうイヤ!!』
そう絶叫して、表に飛び出て行ってしまう。
玄関まで追いかける涼子。
『真央、お客様に失礼でしょう?』
『ママだって、私をずっと騙してたじゃない。』
『それは謝るわ、でもいろいろ事情があったのよ。』
『ママはいつもそうよ。私の事なんて、ちっとも考えてくれない。』
『真央・・』
『好きにすればいいじゃん。どうせ、私の事なんかどうでもいいくせに!』
追いすがる涼子を猛烈な勢いで突き飛ばし、
真央は出って行ってしまった。
腰を強く打って、玄関で倒れて意識を失う涼子。
救急車で運ばれていった。