第84話 涙の再会
真央と同じく、その広告に目を見張ったのは、やはり修平。
(エ?・・サイン会?真央も来るのか?)
もう今更・・と思う反面、気になって仕方がないのは何故か?
(真央がその男性に会えることを願ってか?う〜ん、それとも違う。複雑な心境・・・)
自分で自分の気持ちが形容しがたい。胸騒ぎがする。
仕事は忙しいが、その時間と場所なら、寄るぐらいはできると思う修平だった。
そして、その当日。
真央は、授業が終わるのを待ちきれない風で、学校を飛び出した。
『真央、もう帰るの?』
『う〜ん、ちょっと寄るところがあって・・じゃあね〜。』
まるで波留を煙に巻くように走り去った。そして息せき切って、地下鉄の階段を上りつめ、
天国へのエレベーターを登る。
会場は大にぎわいで、順番待ちの長い列が出来てる。
純文学かとも思われる美しい文章、妖しげな話の展開、
大手映画会社で映画化。人気俳優出演の話題作の原作だけでなく、
夕貴の容姿がいいのが人気の元と言われていた。
真央は、もう夕貴の姿しか目に入らぬ様子で、列に並んでいた。
ドッドッドッ・・・轟く心臓の音
夕貴に聞こえそうだと思うと、真央は苦笑してしまう。
(ねえ、夕貴さんがいない間、私はずいぶんいろんな事を経験したのよ。
恋もしたし、失恋もしたの。修平さんは優しい人だったけど・・違う道を選んだ。
辛くて、泣きたい経験もして、少しは大人になったの。
大人になった私を見て欲しい・・夕貴さん。)
そして、真央の前の客が終わり、ついに夕貴の前に来た。
一瞬、眩しくて、目を細めてしまう。
『こんにちわ、初めまして・・今日はありがとう。』
手を差し出す夕貴。真央の手をつつんでくれた。
優しい声はあの時のままだ。本に慣れた手つきでサインをして
手渡してくれる。
(夕貴さん・・・やっと会えた)
そう思うと、ボロボロと涙が溢れてきた。夕貴は、熱烈なファンだと思ったのか
ハンカチを出して、涙を拭いてくれた。
後ろの客はそろそろブーイング気味なので、仕方なく横にそれる真央。
しばらくボーっと立ちつくして、夕貴を見ていたが、
時間がなくなってしまい、仕方なく帰っていった。
その後ろ姿を見守っていたのは修平。
真央が心配で、彼も会場に来ていたが、列の最後に並びながら、
実際の夕貴を見てみたかった。
(負けた~、完璧すぎる。)
あのまま真央と続いていても、
夕貴に勝てる見込みはないと思う修平だった。