第81話 運命のゴング?
『最近、娘さん、元気にしてるの?』
不意に作家の今井美帆が言った。
久々に今井にランチに誘われて、和食の店にいた涼子。
箸がとまった。
『ええ、何とか、意外にも早く立ち直ったみたいです。』
『何で、そう思うの?』
『彼が新しい人生を踏み出したから、自分との別れは仕方がないと
納得したと思う。失恋した翌日に、髪もキレイにカットして
サバサバした顔をしていたわ。』
『ああ、鮫島嘉雄を出されたら、勝ち目ないわね。確かに・・・
作家としても、彼は興味深い人だもん。そばで観察してみたい人よ。』
『そう、彼の選択は正しいと思う。その先の人生が幸せかどうかは
別問題だけど・・』
それを聞いて、今井は意地悪く微笑む。
『涼子さん、すごく母親らしいコメントでびっくりよ。でも、娘さんには更なる衝撃が待ってる。
しかも、母親に仕掛けられてる。それを彼女はまだ知らない・・。』
(ゲッ、そうきますか~~)
涼子は、胸がつかえそうになった。今井はさらに責める。
『夕貴、大きな賞を取ったら、結婚して欲しいって言ったそうね。』
『ええ・・・』
『夕貴本人は、なぜか、この私を差し置いて、あなたに夢中。こんな理不尽ないわね。』
涼子は苦笑するしかない。イヤミにはイヤミでもって反撃。
『先生、それは、私が渋い蔵書の本棚のあるお家にすんでるからですわ。』
『ああ、聞いた、聞いた。素晴らしいコレクションだそうね。電子書籍の世なら
この私にも勝ち目あったのかも・・?』
『悔しかったら、先生、そのままそっくり、その蔵書お売りしますから、夕ちゃんが
どっちを選ぶか賭けましょうか?』
『むかつく~~。なに、その余裕。出刃で刺しちゃいたい。』
今井はひとしきり笑ったが、ふっと真顔になる。
『でも、どうすんの?もうそろそろヤバいんじゃない?いつまで
娘さんに隠すつもり?』
『・・・それが、問題なんです。私、日々頭を悩ませてる。』
『次、夕貴、何の賞狙ってるの?』
『日本ミステリー大賞。』
『へえ~、またえらく大物狙いじゃない。何千と応募があるのよ。』
破格の賞金、原作映画化の話題の賞だ。
その分、プロアマ問わないので入賞はかなり難問と噂。
『夕貴なりに賭けてるのね。あなた、それに真摯に答えるべきよ。』
『・・・・』
『いつか事実は白日にさらされる。逃げてちゃダメよ。娘さんにも
ちゃんと話せばわかってもらえるわ。ね。』
『・・・・』
今井の気持ちはありがたい。でも、まだ勇気がない。
(でも、そんな賞、まだ取れるわけない・・わよね。)
しかし、涼子の心配をよそに
夕貴はあっさりと大賞を射止めてしまった。
運命のゴングが鳴る。