第80話 新しい場所
修平は、由衣と乗り合わせた車の中で黙っていた。
真央ではなく、波留のことを思い出していた。
(あの気の強い波留が泣いてた・・)
コンプレックスでひねくれて生意気で、手のやく生徒だったけど可愛い子だった。
父親の数人の弟子にレイプされたり、親が有名人な分人より苦労も多かったろう。
もちろん関係したのは、尊敬する師の娘だからだったが、
波留と一緒にいた時、楽しかったなと思う。真央よりつきあいが長かった分
迫る物が後から湧いてきた。
『泣いてもいいのよ。修平さん。』と横から由衣が言う。
『エ?・・何でもないさ。ちょっと、センチになっただけ』
『そう、じゃあ、これ、後で見て。』
由衣は、白い封筒を修平に渡す。
『なに、これ・・?』
『診断書・・私について、いろいろ、あなたに吹き込む奴が絶対いるから・・』
『・・・君、後ろ暗い過去でもあるの?』
『ええ、恥ずかしい過去がね。』
『それって、かなり荒れてたって事?』
修平はニヤニヤと笑う。由衣はまたあの二人と違う魅力がある。
『・・・だから、その時は、そいつにそれ見せて!私は大丈夫だから・・って証明するの。』
『え?黄門様みたいにってか?ハイハイ。それから・・言っとくけど』
『なに?』
『他のみんなの前で、親密な態度はよして欲しい。特に先生の前ではね。
これからは、お嬢さまと呼ぶよ。』
『え?修平さん、どうして?』
修平は指に絡んでいた由衣の手をふりほどくと、
宣言するように、真顔で言った。
『オレは新入りだから、目だっちゃっダメなんだよ。』
『でも、私達、つきあうんでしょ?真央とはそれで別れたんでしょ?』
『ああ・・でも、しばらくは、それどころじゃないな。うんと勉強しないと。鮫島先生に、
役に立つって思われたいしな。』
『頼もしい~。さすが、修平さん。でも、私の事忘れないでね。』
由衣は少し不満そうな顔をしたが、修平は決意している。
(いつまでも使い走りはイヤダ。やるからには一番になりたい)と思っていた。
鮫島嘉雄の事務所に着くと、さっそく由衣が心配したとおり
修平に接近する人物がいた。年が近い木下という男。
嘉雄のグループの議員の子息らしい。
『君、うまいことやったよな。お嬢は、君にぞっこんらしいね。』
『いえ・・それは関係ありません。これから宜しくお願いします。』
修平はそつなくかわそうとするのにまだひつこく言う。
『あのさあ、あのお嬢は、あんな地味な顔してね、相当遊んでたんだって』
『は?何のことだか??』
『大きな声では言えないけど・・男出入り激しかったらしいよぉ~。
おまけにさ~~。』
『シンナーやるし、リストカットするし、留年してるし・・後、なに知ってんのよ!!』
背後にいつの間にか、由衣が鬼のような顔をして立っていた。
木下に襲いかからん勢いだ。
『修平さん、サッキの貸して!!』
『え?診断書?』
『そう!このボンクラに見せてやる!』
由衣は勢いその白い紙を広げて見せた。
『HIV検査は陰性だって!言っとくけど、中絶は一回もナシよ。わかったか!!』
『ははあ~、すみませ~ん』
木下は慌てて逃げ出す。それがみっともなく滑稽だ。
由衣と修平は、可笑しくて笑ってしまった。
(由衣と生きてくのも悪くないかもな・・)
道は一つではないと感じた。




