第8話 一瞬の風のように
それから、数日後の夕方。
いつものように、由子の所に寄って帰宅した真央は、
家の前で待つ夕貴に会った。
『やあ、こんにちわ』
『こんにちわ。』
まさか、夕貴が来るなんて、夢にも思わなかったから・・
家の中片づけてない。恥ずかしい・・・と
真央は嬉しくてならないのに、ドキドキしてたまらない。
『涼子さん、いないよね。』
『うん、ママは遅いの。いつも。』
『そう、心配だね。気をつけるんだよ。』
『・・・夕貴サン、何しに来たの?』
『ああ、ごめん、先日借りた本返しに来たんだ。それでね、続きが読みたくて、
またかして欲しくて待ってた。』
『なんだ、電話してくれればよかったのに。』
『・・そうだったね。俺、電話嫌いなの。家近いので、いつでも来ればいいやって
思ったから。でも・・返って、迷惑だよね。ごめん。』
下手な言い訳・・と思うには、真央は幼かった。
廃刊になったような古い本、涼子はきっとくれてやると言うだろう。
ネットでもいくらでも買えるはずなのに、夕貴はまた来る言い訳に使う。
真央はそんな思惑などまるで解せず、ただ嬉しくて
夕貴を家に招き入れた。由子には止められていたのに・・頭が真っ白だった。
亡くなった祖父哲夫の書斎、そそりたつ本棚
夕貴は、目を輝かせて眺めていた。
『すごいよな。ワクワクする。』
『夕貴さん、本が好きなんだ。』
『うん・・・死んだお祖父ちゃんの影響かな。』
『へえ〜。』
夕貴は、中段から何冊かを抜き取り、持っていたカバンに入れた。
『真央ちゃん、ありがとう。今度はケーキでも持ってくるよ。』
『ウン、いつでも来て。』
(ケーキなんか別にいい。夕貴サンが来てくれればいいよ。)
夕貴は時計を見ると、またそそくさと玄関に戻る。
『もう帰るの?』
『ああ、約束してる人がいて、もう前で待ってる筈なんだけど・・・。』
(何だ・・・つまんないの)
そう思って、夕貴を見送るつもりで外に出ると、真っ赤なスポーツカーが
いつの間にか待っていた。
運転席の窓が開く。中から女性の声
『夕貴、まだ〜??』
見ると、どこかで見かけた顔。髪を巻き上げ・・若そうには見せていたが
30代前半の女性。
『ごめん、ごめん。今、行くよ。』
『もう、待たせると承知しないから・・。』
夕貴は振り向きざま、真央に手を振って、その女性の車に乗り込むと
風のように去っていく。
真央は一瞬の夢のような出来事に思えた。